- 雲射抜け声! - 第1章 - 出会い、旅立ち。 |
「…寒いね…」
1人の老婆が言った。
「だって、冬だもん。寒いのは当たり前だよ。」
歳は10歳くらいか、少女がお盆にコーヒーの入ったカップをのけて老婆に向って言った。
「はい、コーヒー。温まるよ。」
「ありがとう。」
老婆はコーヒーをすすり一息ついた。
その時突然雷が鳴った。
「雨か…」
老女はふとそんな言葉を漏らした。
「嫌だよね、明日学校で運動会なのに。あぁ〜あ、やんでくれないかな?」
「…大丈夫だよ。信じていれば必ずやむさ。」
「信じるだけでそんな簡単にできたら言うことないね。」
少女はけらけらと笑っている。
「…本当なんだよ。信じていれば、信じるだけでその通りになるんだから…」
少女は老婆のちょっとした変化にぎょっとした。
「ど、どうしたの?」
泣いているのだ。一雫の涙が老婆の顔をつぅっと流れ落ちた。
「…いや、その通りにはならないか。」
「おばあちゃん?大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。…ちょっとね…、昔のことを思い出していたのさ。」
「昔のこと?」
「そう。昔のことさ。あなたが生まれる前…。いや、あなたのお母さんも生まれる前だったね。」
老婆は少し寂しげに話し出した。
そしてその老婆の言葉に耳をかたむけ、少女は老婆のもとへよっていった。
「私が19の時。私はまだ魔法が全然使えなくてね。ずっと練習してたよ。学校に行ったり1人でやったり、魔物相手にしたりね。あなたはわからないだろうけど、その頃は魔物がたくさん出てね。強い魔物から弱いのまでいろいろいたんだよ。」
「魔物?あの、怖い生き物?」
「そうだよ。あの怖い生き物が襲ってくるのさ。だから私のような弱い魔術師は…、いや、全ての人間は、商人も、鍛冶屋も、最強の戦士だって、みんな死と隣り合わせだったのさ。」
老婆はふと目をつむり少し何かを思い出してから、また語り出した。
「は〜い!?次のご注文は!?」
忙しそうにせっせと厨房で働いてる少女がいる。
髪が長く、邪魔なのか後で結んでエプロンをつけている。
眼は茶色をしていて、身長はそれほど高くもない。普通の少女といった感じだ。
ただ、街の酒場で踊りをしていてもおかしくもないほどの容姿はあった。
その少女の名前はレナ。レナ=キャラットと言った。
「ステーキとオニオンスープ!、それとグリーンサラダよろしく!」
「は〜い!」
注文を持って来たらしいその少女の父親だろうか?そんな男も慌しく厨房までを行き来している。
ここはブリテインという大きな都市の外れにある小さな食堂だ。
外れといっても流石は首都の都市というべきか。いろいろなところから来た戦士や商人たちが酒の入ったグラスを片手に大笑いをしていろいろな料理を口にはこんでいる。
そんな日常がいつも続いていた。
そして今日もそんな日が過ぎようとしていた。
「ふぅ〜。疲れたぁ…」
季節の変わり目は昼は暑く、夜は寒い。
ひゅーと吹く風に身をまかれると流石に寒いが、今のずっと働いていて熱いところから出てきたという状態だと風がほどよく心地よい。
「こんな日に限ってお客さん多かったなぁ。」
つい独り言が漏れてしまう。
「あ、いけない。お母さん大丈夫かな?」
ふと何かを思い出したかのようにまた店の中へと戻っていく。
そしてその少女が向かった先は店の2階にある両親の部屋。
父親は1階で今日の収入などの計算をしている。
そして、2階。1つのドアを開けた。
母親は寝ているはずなのに何故か明るく、そして何より母親は起きて本を読んでいた。
「あ〜、お母さん!駄目だよ!寝てなくちゃ!」
本から顔をあげて、少女、レナの方へと顔を向ける。
「あら、レナ。お疲れさま。ごめんなさいね、店、手伝わせちゃって。」
「謝るくらいだったら風邪なんてひかないでよ。」
「あはは、そうね。ごめんなさい。けどね、やっぱりいつも動いてるから退屈なのよ。寝てるだけって。」
「まあ、その気持ちもわかるけどさ、ちゃんとしっかり寝て、疲れをとって風邪を治してよ。」
「わかったわよう。レナったら、お母さんみたいなこと言うのね。」
その母親はまるで子供のよう話す。それだけ娘のことを信用しているのだろう。
「もう、お母さん!ほら、ちゃんと布団をかぶって。」
「はいはい。わかりましたよ。…大丈夫よ、もう明日には治るわ。」
「そうしてね。」
そういってレナは部屋から出ようとした時、ちょうど父親もやってきて入れ違いにレナは部屋から出た。
レナはそのまま自分の部屋に行き、ばたっとベッドに倒れこんだ。
(あの調子ならお母さんも風邪治るだろうし、明日はちゃんと練習しよう。)
そのままレナは眠ってしまった。
「レナ、休みだからってそんなに寝ていていい訳じゃないのよ?」
「う、うん…?」
カーテンを開ける音と、そこから漏れる光が心地よい。
「おはよう、レナ。」
「あ、お母さん。もう大丈夫なんだ。」
顔色もよくなった母親の姿がそこにあり妙にほっとした。
「まあね。心配かけてごめんね。」
早く降りてきなさいよと声を残して母親は階段を降りていった。
眠気を覚ますために少し座ってぼけっとするが、やはり眠い。
そして時計を覗き込み、立ち上がりクローゼットから服を取り出す。
そして着替えると階段を降りた。
「よう、レナ。おはよう。」
父親が厨房に立って料理をしながら挨拶をした。
「おはよう、お父さん。」
まだ、眠気がとれないので洗面場へとむかう。
顔を洗い髪をとかす。
そしてそれらの作業が終わった頃には目が大分覚めてきた。
「じゃあ、お母さん大丈夫になったんだから、私は出かけるね。」
「気をつけてね、行ってらっしゃい。」
「おう、行って来い。」
両親と挨拶を済ませて家を出る。
行き先はいつもと同じところ。
こんな家事やら何やらやっているが実は魔術師なのである。
といってもまだ見習い程度で毎日は魔術師の学校へ行き魔術の勉強や訓練をしている。
そして、学校が終わった時やない時には必ずここへ来る。
見渡すと一面に花畑が広がっている。
ここは誰にも知られていない自分だけの場所。
いつもここへ来る。寂しいことがあった時。辛いことがあった時。ここは一番のお気に入りの場所だ。
魔術の練習もいつもここでしている。
どうしてなのか知らないがここにはモンスターは出ない。
だから伸び伸びと練習することができるのだ。
「さってと…」
いつも通り座りこんで瞑想からはじめる。
そして瞑想が済んだ時、呪文を唱え出す。
「…我のもとへ…、…黒い太陽…、焼きつける大地…」
ぼそぼそといろいろな呪文を唱える。
それらの呪文は攻撃的な魔法でもあり、回復などの神聖な呪文であったり、いろいろな呪文である。
そんないつもと同じ練習をしている時に異変は起きた。
いつも絶対現れないはずのものが現れたのである。
「ぐおぉぉぉ〜!」
聞くだけで身がすくんでしまいそうな雄叫びをそれはあげた。
大きさは自分の2倍はありそうでとても筋肉質な身体。
サイクロプスだ。
「ど、どうして…?」
あまりの恐怖でレナは叫ぶこともできず、へたりと座りこんでしまった。
…もう、駄目だ…
そんな言葉が頭をすっとよぎった。
「ぐおぉぉぉ〜!」
サイクロプスはその大きな拳をレナに向かって振り下ろしてきた。
だが、途中でぴたっととめた。
そしてくるっとレナの横の方を向いた。
レナもおそろおそろ見るとそこには一人の戦士風の男が立っていた。
男は身長が180はあるだろうか?
顔はマントとローブを羽織っているので見えないが、何より目立つのはその背中についてる人の身体はありそうなバスターソードだ。
このバスターソードと言う奴は今から遥か昔に大きな戦争で使われていたがあまりの大きさのために使いこなせる物がほとんどいなく、もうその姿を見せることはないと言われていた。
「…え?」
一瞬の出来事だった。
その男がローブをばっと投げると男は空へと跳んでいた。
そして次の瞬間サイクロプスは真っ二つになっていた。
「ぐぎゃぁぁ〜〜!!」
サイクロプスは悲痛な叫びをあげて絶命した。
「…すまないな。こんな血で汚してしまって。」
自分をよく見るとサイクロプスの血で真っ赤に染まっている。
「まだ恐怖で声をあげることはできないか。」
そして男はさっき投げたローブをまた羽織、バスターソードを背中につけた。
「どうやらここには特殊な結界でモンスターは入れなくなっていたようだがもう、その結界が弱り始めているようだ。と言っても、まだ結界の効力は残っているから雑魚程度のモンスターは来ないだろうから大丈夫だ。それにさっきのような強力なモンスターも滅多に現れることはないから安心して大丈夫だ。ただ、いつでも気を抜くなよ。」
そして男は背中を見せて立ち去ろうとした。
「ま、まって!」
レナはつい男をひきとめてしまった。
「声が出せるようになったのか。」
男はまたレナの方を見て言う。
「あ、あの、ありがとう、助けてくれて。」
「礼なんて言われるほどの物じゃあない。それに君をそんなに汚してしまった。」
「そ、そんなの全然かまわない!…それより、あなたのお名前を教えていただけませんか?」
「名前…?俺の名前はレイジ。レイジ=クランプだ。」
「…レイジ…」
ふと頭をよぎるものがあった。
それはある伝説。
それは1つの勇者の話。
それは1つの英雄の話。
昔、大きな魔物と人間の戦争があった。
その戦争では多くの人間が死んでいった。
そしてもう、人間は戦う気をなくし魔物の前に全滅する運命だと感じていた。
だが、1人の男が現れたことによって人間は希望と言う言葉を思い出した。
男は人の身体はあるだろうバスターソードを操り、魔物をどんどん薙ぎ倒して行った。
男は人間の軍を統率し魔物の軍へ立ち向かっていった。
そして魔物はその男を前に逃げる以外の道を無くしていった。
人間は魔物に勝利し、その男は英雄として、人間の勇者として伝説となった。
その男の名前はレイジ=クランプ。
「レ、レイジってあの伝説の!?」
「……」
男は黙っている。
「そのバスターソード、その強さ、本物だ…、本物のレイジ=クランプだ!本物の勇者だ!」
男はまだ黙っている。
「けど、おかしいな…。それは伝説でもう何十年も昔の話なのに、なんでそんなに若いの?」
レイジの顔つきはどう見ても20代だった。
「どうしたの…?」
「…わからないんだ。」
「え…?」
「俺が何物なのか、どうしてこんな強さを持っているのか…」
「…え…?」
「それを知るために俺は旅をしている。だから、君にそんなことを言われてもどうすることもできない。」
記憶喪失。この世の中の人間にはそういう名前の病気もある。
だが、レイジのは違う。
自分にわかるわけじゃない。でも、なんとなくわかるのだ。
これはもっと大きな…、何か大きなことが関係しているものだと…。
「…レイジ…」
レナは少し何かを考えた。そして、言った。
「私、レイジに着いていくわ!」
「な、なに?」
流石のレイジでも驚きを隠せない。
「私、レイジに着いていってそしてレイジの記憶が戻るように頑張るわ!」
「…気持ちはうれしいが、君は家族がいるだろう?俺と一緒に来たら家族を泣かすようなことをしてしまう…」
「大丈夫よ!私はこう見ても魔術師よ!…まだ見習いだけど…。だからレイジの役にも立てるわ!」
見習いだというところを弱めにいう。
「…あ、いや、それでも駄目だ。これは俺だけの問題であって君には関係はない。だから、君は今までと同じように暮らせばいいんだ。」
「関係なくなんてない!私はね魔術師学校で勉強してるの。そんなことより絶対レイジに着いていった方が魔術は上達するわ!…それに、この服、結構お気に入りだったんだよね…」
「う…。」
何より最後の言葉の方が何故かレイジにはこたえたらしい。
その表情をレナが見逃すわけも無く、
「この服、お母さんに買ってもらった大事な服だったんだよな…。けど、こんな血がついたらもう落ちないよ…」
「す、すまない…」
「謝って済むならガードはいらないよ…」
レイジは本当に申し訳なさそうな顔をしている。
「そんな弁償とか誤るとかそんなことはいいから私を連れていって。それで許してあげる。」
「……わかった。いいだろう。」
「本当!?やったぁ!」
「ただしだ、両親に話しをしてきなさい。それで駄目だと言われたら連れていくことはできない。いいな?」
「おっけーよ。それでいいわ。」
レナには勝算はあった。
実は両親はいつもこう言っていたのだ。
「レナは立派な魔術師になって欲しいね。私達みたいなただの普通の人間で終わらないで欲しいわ」
…十分後。
「では、レイジさん、レナをおねがいしますね。」
「…はい。」
レイジはすっかり諦めてレナの両親と話しをしていた。
レナは後ろの方で妙な笑顔をしていた。
「いやぁ〜、まさかレナが家を出る日がこんなに早くくるとは思いませんでしたよ。」
「レナをしっかり守ってやってくださいね。」
「…はい。」
次の日に旅立つことになったので、この日レイジは泊まっていくことになった。
「…んふ…、やった…、私も、一流の魔術師に〜…」
暗い部屋の中、レナはいい夢を見ているようだ。
最強の戦士と一緒に旅ができるということで一流の魔術師にでもなった夢でも見ているのだろう。
そこから外へ出ると、レイジはいた。
(ふぅ、まさかこんなことになるとはな…)
まあ、しょうがないか、と、家へ戻っていった。
そして次の朝。
「じゃあ、行って来るね!お母さん、お父さん!」
「頑張ってね。」
「レナを頼んだよ!」
「はい。」
手を振りながらレナとレイジは家をあとにした。
「行っちゃったか。」
「行っちゃったね。」
「けど、まあ、あの娘なら大丈夫だな。」
「そうね、あの娘ならどうせまた、ただいまって帰ってくるわよね。」
「そうだね。さってと、じゃあ、今日も頑張りますか。」
「そうね。さってと、仕込み仕込みと。」
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