きっと自分は幸せにはなれない
そう、考えていた

ずっとそこに帰ることを望んでいた
それだけを望んでいたはずだった

けれど
そこに彼はいない

だからきっと、自分は幸せになどなれないだろう




願いと誓いと   SAPPHIRUSSIDE




「サフィ!ジェイド!…印を返してもらう!」
紅玉の瞳がまっすぐにこちらをみすえてくる
そのとなりには、蒼い瞳の、端正な顔立ちの青年
最初は小さな不安でしかなかったものが、今目の前に現実として 映っている
自分が求め、けれど手に入れることが叶わなかったものを、 この青の王子が手に入れた
予想していたことではあったけれど、その事実にひどく胸が痛んだ

いつから自分はこんなことを気にするようになったのだろう
以前の自分は、ただ天上へ帰ることだけを考えていて
そこに彼の紅い瞳が介入する余地など無くて
それが、どうして…




実際にそれを自覚するようになったのは、 多分、ある満月の夜から
その日、いつものように王子の布団を直しにいって、そこがすでに 空になっているのを発見してしまった
翌日彼は何もなかったかのように振舞っていたけれど
それから満月の夜がくる度に、それは繰り返されて…
そしてある夜
ついに、テントを出た彼の後を、距離をおいてつけていった
彼は険しい山道を一人登っていって
そして少し拓けたその場所で………銀の光と相対した

彼らの金と銀の髪は満月の光を淡く反射していて
その美しい光景に、一瞬息を呑んだ
来るべきではなかったと、そう思った
この光景を見なければ、今までどおり傍にいられた
何の疑いもなく王子の隣に立ち、彼を守る存在でいられた

そのときの自分は、少なくとも冷静ではなかった
銀糸の髪と、アレク様に最も近い血を持つ青の王子
プラチナはアレク様にとって、すでに自分よりも大きな存在に なっているのだろうか
ずっと傍に仕え、見守ってきた自分よりも
確かに、自分はアレク様に好かれているという確信はある
でもそれだけだ
アレク様は優しい方だから
彼にはきっと、本気で憎い人間なんていない
それどころか、周りにいる人間は誰でもすぐに「好き」に 昇格する
彼には「好き」な相手は数え切れないほどいる
自分はその内の一人
不特定多数の内の一人でしかない
…これまでは、こんなことを考えたりしなかった
いや、考えなかった訳ではない
それはいつも意識の底にはあったことだけれど
…けれど、今まで彼は誰のものでもなかったから
特別ではなくても、いつも彼は、彼に一番近い場所を自分に 与えてくれていたから

…プラチナは、違うだろうか
考えるまでも無い
今のこの光景は、アレク様が自分よりプラチナを優先させた、 その結果ではないのか

…そこまで考えて、その内容の、あまりの不本意さ加減に愕然とする
そもそも、本来自分にはそのことで王子を非難する道理はない
自分こそ、嘘に嘘を重ねて、今この場所にいる
お互い様だ
…そして
いずれは裏切る王子を気にする必要などない
気にしては、いけない
執着など…してはいけない…
必死で自分に言い聞かせて、感覚のなくなった足を無理矢理動かす
とにかく早く、その場を去りたかった




「……やっぱり情が移ってるんじゃないか」
久々に会った同僚の言葉が頭をかすめる
長い時間を共に過ごした相手との会話
「…もしかして、本気で思い入れなんて作ってるんじゃないだろうな?」
その問いに、とっさに答えが出てこなかった
天上に帰りたいのは本当のこと
けれど
あの満月の晩の逢瀬を見てしまってから…そのときの光景が頭から 離れない
努めて忘れようとしたが、無駄だった
それはどういう意味を持つのだろう

彼の傍にいたい
ずっと彼を見守っていきたい
天上に帰りたいと思うその一方で、そう思うのもまた事実
…自分は…

ガサッ

前方の茂みが音をたてて揺れる
天使かと一瞬身構えたが、すぐに視界に飛び込んできたのは、金の光
「お、王子!?」
茂みから姿を現したのは赤の王子…アレク様その人、だった
「!…サフィ!!…うわ、すげー怪我!…やっぱり捕まってたんだな…」
「…あ、はい、ちょっとポカをやっちゃいまして…って、 そうじゃないでしょう王子!こんな所で何をしてるんですか!?」
ここからアレク様のテントまでは、まだ大分距離があるはずだ
「何、ってお前助けにきたに決まってるだろ!」
「………は?」
一瞬、王子の言ったことが理解できずに間抜けな返事を返す
「は?じゃないっ!心配したんだぞ!テント抜け出すのだって 苦労したんだからな!」
「…抜け出す?」
「う…何でお前そんなとこばっか鋭いんだよ…… その…みんなが危ないからって行かせてくれないから…」
「っっな、何てことをなさるんですか!!!」
…呆れた
どうしてこの赤の王子はこうなのだろう
自分のことより他人のこと
取るに足りないものを大事だと言い、それを自分を犠牲にしてでも 守ろうとする
それを、周りがどんな風に思っているか、わかっているのだろうか
それが彼の人徳であるとわかってはいるのだが
けれどもしそれで彼に何かあったら
自分はきっと許せない
他人のためにそこまでしてしまう王子を、その原因となった人物を、 そして王子を守れなかった自分を
自分こそが彼を裏切ろうとしているというのに、どこまでも矛盾した心理
「敵の本拠地に単身乗り込むなんて!無謀にもほどがあります!!」
「お前が簡単に捕まるのが悪いんだろ!」
「…そういうときは、私のことなど見捨てて下さい」
「なっ…!そんなの無理に決まってるだろ!」
「いいえ、そうするべきです ……貴方は奈落の王となるべき人物ですから」
「………!」
「貴方は、奈落に必要な方です…私と違って」
「………」
「私などのために、何かあってはいけないんです…王となるために」
「…だったら、やっぱりこれでいいんじゃないか」
「…はあ!?」
一体何を言い出すのか
時々この赤の王子は、こういう突拍子のないことを言って 自分を驚かせる
「だってサフィがいなかったらきっと俺、奈落王にはなれないよ」
「!?」
「今までだってサフィがいてくれたからやってこれたんだし…それに、 お前がいないのに王になってもしょうがないから」
「…王子…」
「だからこれでいいんだよ」
あっさりと言ってくる
きっと彼は、それがどんな効果を人に与えるかわかっていない
…どうしよう
自分は失敗したのだ
今はっきりと自覚してしまった
この人を手放したくない
誰よりも近くにいたい
彼にとって唯一の存在でありたい
「…滅茶苦茶なこと言ってくれますね…貴方は」
「へへっ」
本当に嬉しそうに、笑う
彼のよく動くその表情が、何より愛しい
「そこは威張るところじゃありません! …それに、お説教は後でちゃんとしますからね」
「えー!!!」
「えーじゃありません!わかりましたね!?」
「ちぇ、わかったよ…………………おかえり、サフィ」
言われた言葉は、まるで自分の居場所はここだと示されたようで
とにかく嬉しくて…その言葉が真実だと確認したくて
「…ただいま帰りました、王子」
すぐに、笑顔で返事をかえした

けれど
「あ、そうだ!お前に話したいことたくさんあったんだ」
「はい、何でしょう?」
「俺さ、さっきプラチナに…」
プラチナ、という言葉に、心は過剰に反応した
ただそれよりも気になったのは、先刻まで明るかった アレク様の表情がみるみる沈んでいくこと
「…王子?」
「…ごめん、サフィ………俺、プラチナを逃がしたよ」
「……!」
「…ごめん…」
自分の表情が凍りついたのがわかったのだろう
目を伏せて、再び謝罪の言葉を口にする
その態度を見るだけで、状況は容易に想像できてしまう
プラチナを殺せる立場にありながら…殺すことが出来なかったのだ
それは、彼特有の優しさからだろうか
それとも…
「ごめん…でも俺、嫌だったんだ」
…!…待って、下さい
「俺はあいつを殺したくなかった…」
それ以上言わないで
「あいつは…」
聞いてしまえば、自分は王子の側にいられなくなるかもしれない
「俺にとってたった一人の」
「王子」
「…え?」
「…この辺りはまだ危険です…テントに戻りましょう」
続きを聞きたくなくて…故意に彼の話を遮った
彼の口から、決定的な事実を知らされるのが怖い
もうきっと、彼が他の人間を想うなんて耐えられない
彼を誰にも渡したくない…絶対に

こんな醜い感情を、自分は知らない
滲み出る黒いものに、必死で気付かないふりをするけれど
すでに形を成してしまった願望は、それを許さない
ふと、隣を歩く王子に視線を向ける
その間の距離は、手を伸ばせば届くほどに、近い
…この場所は自分のものだ
誰にも譲れない




かつて天上に自分の居場所を求めていた
今は…赤の王子に最も近いこの場所を、手放したくない




…継承戦争は、赤の王子…アレク様の勝利によって幕を閉じる
青の王子、プラチナの死刑がこの瞬間に決定した…はずだった
「そんな……待ってよ!」
それに反対したのは、本来敵であったはずの…アレク様
よりにもよって、王の命に逆らってまで、プラチナを庇おうとする
「王の言う事は最もですよ…殺しておくのが一番、貴方のためにも、 奈落のためにもいいんです」
建前をすらすらと並べ立てていく自分に嫌気がさす
自分は今よほど冷徹な顔をしているに違いない
「それでも…それでも、俺は嫌だよ!」
「…では、聞きます」
頑なにプラチナの処刑を拒む姿を見て、 頭に血がのぼるのがはっきりとわかった
「誠心誠意、これまでずっと貴方に尽くしてきた私の願いと、 プラチナの助命…秤にかけるとしたら、どちらが重いのですか?」

…彼に言ってほしかった
自分が誰よりも大切だと
アレク様が何より優先するのは自分なのだと…言ってほしくて
…けれど、結局

彼は、弟王子を殺すことは出来なかった




「扉は…開かせないよ!」

…天上に戻っても、自分はきっと幸せにはなれない
貴方を、誰より愛しているから
…天上の神よりも

二人の距離は、今では誰より遠いものになってしまったけれど
貴方と私の道が交わることは、おそらくもう無いけれど


………愛しています、私の王子
我侭だと…過ぎた願いだとわかっていても
他には何もいらないから……本当は、貴方だけがほしかった












…何なんでしょう、これは
見事なまでにまとまってません…;
あまり急いでテーマも決めずに書くなということですかね…反省
ええと…おそろしいことに続いてしまうかも…しれません
最終的にグッドエンドにしたい…(無理かも)
2話目はアレク視点から
基本的に両想いという設定になってます
それでは!;←逃


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