自分と関係ない出来事にあったら、人間はどう言った行動をとるんだろうなぁ。

 @…無視。
 A…関わる
 

 まぁ、大抵の場合はどちらかだろうとは思うんだわ。
 俺の場合は…どっちかってぇと@だな…正直めんどくせえじゃねえか。
 なのに、あの日だけは関わらざるを得なかったんだよなぁ。




 その日は…バカみてぇに晴れ渡った日だった。






 10班の任務も無事に終え、ガキどもから開放されたあの日。
 陽気も良い、明日は任務もない、今日は月見でもするかと独りで上機嫌で里をぶらついていた時だ。
 ………んぁ?
 僅かな話し声に耳が止まる…いや、話し声じゃぁねえな。一方的に喋ってるって感じだ。
 まぁ…普段ならな、無視して足を進めるところだ。…しかし、その日は気分も良かったし、まぁ、たまにゃぁ面倒ごとに足突っ込んでも良いかとも思い、足をそちらに向けた。
 あぁ…やめときゃ良かったよ…あんな胸糞ワリィ場面に出遭うってわかってりゃな。


 人のあまりこない路地の裏手、重なり合うふたつの影。
 んだぁ…こりゃ…お邪魔虫ってところか?
 頭を掻き苦笑する…ってこたぁ、さっきのは単なる痴話喧嘩だろうって思ってな。
 そのまま踵をかえそうとし…風にのってくる微香に止まる。
 …血の匂いだな…こりゃ。
 痴話喧嘩じゃねえだろうと思い、再び影の方を見遣る俺の目に、見覚えのある色彩が飛び込んでくる。…ありゃぁ……。
 金色の…髪。
 んな珍しい髪した奴ぁこの里じゃぁ一人しかいやしねえ。
 クソガキ?
 目をこらしゃぁ影でなしに人としてはっきり認識は出来る。
 重なり合うっつうよりガキに馬乗りになっている…俺より数年は生きてるだろう男。
 …ガキと一緒にいる奴ぁ…どうやら一般人みてぇだ。
 嫌な予感。…こう言うときの予感ってのは基本的にハズレねえ…っつうより、予感もくそもねえな。

 ガキのこの里に置かれている状況。
 血の香り。
 
 っつうか…抵抗しろや、一端にも忍者だろうよ。 
 そう思う俺の前で、ガキに乗っていた男は腕を振り上げ……どうだろうねぇ…この状況は。
 その男がもっているものを目にし、俺はその腕が降ろされる前に近寄り腕を掴む。
「何やってやがんだ?」
 そいつは邪魔するなとでも言いたげに俺の顔を睨む。…おいおい…目が…イッてんぜ…。
 見りゃぁ頬には赤い水……こいつのもんじゃねえのは直ぐにわかった。
 視線を下げりゃ、ガキの視線とぶつかる。…感情のない顔。あちこちから血が流れて…。
「邪魔をするな!…キツネを殺すんだ…キツネを……」
 何が可笑しいのか笑い出す男……やべえな…こりゃ。
 火影様も何やってんのか…こんなキレた奴をほっておくたぁ……。
「キツネがどこにいるってんだ?」
 言いながら掴んだ腕を引っ張る。転がる男にゃ目をくれず、ガキを起こす。
 無表情の顔が俺を見る。……いてぇな。
 ガキの顔から目を背け、後ろで転がっている男を見る。
「ガキ、苛めて愉しいか?」
 言えば男はあいからわずイッた目のままブツブツ呟いている。
「…このキツネさえいなければ…幸せだった……誰も…消えはしなかった……何故生きている…キツネ……」
 ………痛え…な。
 会話にゃならねえのは男の様子から見ても明かだった。
 使鬼を飛ばし、火影様のとこへ連絡する……この男を保護する為に。
 そのままガキを肩に担ぎ、踵を返し男の横をすり抜ける。…男は転がった時に手放したナイフを再び手にもち…今度は俺に襲い掛かってきやがった。
「お前はキツネに味方するというのか!!!」
 ………めんどくせえな。この男はよ!
 軽く印を組み、緊縛の術をそいつにかける。
「……うるせえよ。てめえは」
 動けないまま、何かを叫んでいる男…わりいが、んな言葉聞く耳ぁ持ちあわせてねえんだ。
 てめえの処置は…火影様が上手くやってくれるだろうよ。
 そのまま路地を抜け…人にあわぬ道を選び俺は家路についた。





「なんで俺を助けたんだ」
 俺の家…血まみれの服を捨て、怪我の手当てをしている最中にガキがボソッと呟いた言葉。
 いつものクソガキ具合も何もねえ……無の声。
「さてねぇ……にしても…なにこんなにやられてやがんだ、お前は」
 忍者だろうがよ、上手く切り抜けようとは思わなかったのか?…いつもの声でなんでもないように言ってやるとガキは自嘲笑を浮かべた。
「あんたはさ……俺の事…どう認識してるわけ?」
 …会話にゃなってねえな……。それに…なにめんどくせえこと考えてんだ…いや、考えさせられた…か。
 頭を掻き、煙草を咥える。
「キツネの器のガキ…んでクソ生意気な火影目指してる下忍」
 この場合、下手な嘘や気ぃ使うより、思った事を言うのが1番良い事を知ってるつもりだ。
 俺の言葉を聞き…ガキは僅かに表情を歪めた…泣く1歩寸前の顔だな。
「…俺…忍者になってよかったのか?……生きてて…よかったのか?」
「それを判断するのは…てめえだろ?」
 聞いてやるよ…こんな時だ、吐き出せ。
「わからない……いや…わかろうって思ってなかったのかもしれない。……俺が生きてるだけで…苦しむ人も沢山いるのに…目を背けてた」
 さっきの男のこと言ってやがんのか?
 ガキがぎゅっと手を握り絞めたのがわかった。
「火影になったって意味ないのかもしれない…火影になる事で苦しむ奴の方が多いのかもしれない………俺は…災いでしかない」 
 …考え過ぎだ……クソガキ。……あぁ…クソっ…胸がイテエ。
 痛みを誤魔化すようにガキの頭を叩く、紫煙を吐き出し、医療箱をしまいこむ。
「災いがなんだったのかっつったらキツネだろうがよ。てめえじゃねえ、差し違えんな」
 てめえがツケ払う必要なんざねえはずだ。…だが、俺はその言葉はいわなかった。
 里のもんの苦しみもいやってほど見てきた。ガキがこんだけ苦しんでるってのもわかった…それから先を決めんのは…俺の言葉じゃねえはずだ。
「でも俺の中にキツネはいるだろう!それに………」
 そのまま言葉を飲み込む…いつもならきかねところだが…今は聞かなきゃいけねえ、そんな確信にも近い思いが俺の中を巡る。
「んぁ?それに…なんだ?」
 ガキは苦しげに…一語一語を吐く。
「俺の中のキツネは……あのオッサンの…ガキと奥さんも殺してる……俺は…幸せになっちゃ…悪いんだ……」
 ……そう言う事か。
 大人達の敵意もなにもかもを一心に受けていたガキ。
 言っちゃあわりいが…長きにわたって受けるものってのには人間は慣れる。自分を守るためにな。
 このガキも…少しは慣れていたはずだ。…なのに、これほどにうちのめされ、絶望に落ちる理由。
 ……あいつの言葉が…言動が…自分にリアルに圧し掛かって来たんだろう。
「幸せになっちゃわりいってのは違うだろうよ」
 灰皿に灰を落とし、ガキの横に座る。…あぁ、煙草がこんなにまずいたぁ思わなかった。
 ガキは感情をもてあまし、言葉を出せないみてえだった。
「それはあいつの勝手な言い分だろうがよ。…人の考えってのは十人十色だ。皆が皆お前が不幸せになりゃ良いって思っちゃいねえさ」
 ……あぁ、その目は俺がその事に関与してねえからって目だな……仕方ねぇ。言うつもりゃなかったんだがよ……。
 タバコの火を消し、白い壁を見る。
「12年前…俺も親父を殺された」
 隣でガキが息飲んで俺の顔を見たのがわかった。だが俺はガキの顔を見ずに言葉を続ける。
「そりゃぁな、辛かったぜ。孝行もなにもしねえうちに…言ってみりゃ理不尽な殺され方したわけだ。圧倒的な強さでな。…だがな、だからと言っててめえに不幸せになってほしいたぁ1度も思ったこたねぇ。むしろ逆だな……てめえは幸せになるべきだ。あの事件でいっちまった親父や…他の人間の分も。…ついでに、てめえの中のキツネにひと泡吹かせてやるためにもな?」
 とんっとガキの胸を叩く。それからやええ髪に手を埋める。
 キツネにひと泡吹かせてやんな?
 てめえがどんな境遇でも、幸せになれるってよ。幸せを…見つけられる男だってよ。
 ガキは俺の手を払おうとせずに…膝を組み俯いた。
 伝わる震え。耳に届く微かな嗚咽。
「どの道選ぶか決めんのはてめえだよ。幸せになるも…不幸せになるもな。俺やあいつの言葉に動かされるもんじゃねえ……お前はお前なんだからよ」
 俯いたまま嗚咽を洩らしていたガキが……小さく頷いたのがわかった。



 被害者でしかねえ。…さっきの男も…そしてこのガキも。
 あぁ…イテエな……。
 誰も悪くなんかねえ…だが、誰かにあたらなきゃどうしようもねえ。…その理不尽さに…あの男もきっと壊れたんだろう。
 イテエよ……。クソっ…めんどくせえ。
 この痛みをやわらげれるんなら…幾らでも側にいてやるからよ。
 だから…もう、泣くな……クソガキ。



 泣いてたガキが、顔を上げて弱い笑みを浮かべた。
「……サンキュ……アスマ先生」


 ……あぁ…少しだけ痛くなくなったな………。




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