「なぁ…お前気付いた?」
多分、その言葉が最初。
丸いサングラスが無言のまま俺を見ている。
――何がだ?
視線だけの問い。…いや、お前ちょっとは喋れよな。
ま、慣れちまったけどさ。
「ヒナタだよ、なんかさ…この頃明るくね?」
教室から廊下を眺める。シノも俺の視線の先を追って廊下を見たのがわかる。
廊下に数人の女ども…その中に、俺たちの会話…(になってんのか?)…の主の、日向ヒナタがいた。
キャーキャーうるせぇ声が聞こえる。どうせくだんねえことでも話してるんだろう。別に興味もわかねえが、そこにいるヒナタはいつも通り少し下を向き、皆の話に耳を傾けている。
…な?
目で合図。シノも同意するように頷く。
多分周りがこの会話聞いたら、はぁ?って言うんだろうけどな。同じ旧家の出身ってのが手伝ってか幼馴染として育った俺らだ。ちょっとぐれえの変化はすぐわかる。
ヒナタは明るくなった。
まぁ…たしかに前と同じように下向いておどおどはしてるがな…周りを包む空気が前とは各段に違う。
柔らかくて、暖かくて…なんだ?俺が言うのは似合わねえが、春の雰囲気を包んでるって感じか?
幼馴染をここまで変えたのは何か…正直、興味がわいた。
……でも、あいつにいっても上手くはぐらかすだろうしな…なんせ、あの外見と違って結構はっきりもの言うやつだし。
ココは…いっちょ調べるしかねえっしょ。
知らず顔に出てたのか、俺の横顔を見ていたシノが密かに溜息をついたのがわかった。
シノを見遣り、にっと笑む。
「付き合えよ?」
俺の性格、いやってほど知ってるはずだしなぁ、お前。
シノは、呆れと諦めの入り混じった密かな溜息を、もう1度吐いた。
「…んで…あいつはどこに行く気なわけ?」
溜息混じりに呟く俺の声に、シノは人差し指を上げ、自分の唇に当てる。
へいへい…わかってますよ。喋ったらせっかく気配消してんのも意味ねえしな。
…放課後、どこかいそいそとアカデミーを出たヒナタを、俺たちは気配消して尾行している。
に…しても…舞いあがってんよな…あいつ。
いつもより僅かに歩く足の上がり方が高い、歩く速度もこれたま僅かだけど速い。僅かに笑みを含んでいる気配。
『……好きな男でも出来たか?』
無言でシノに目で言うと、シノは肩を竦める。
…だな、今更だな。
あいつが、誰かに惚れてるらしいってのは前から気付いちゃいた……ってことは…。
『その男といい感じになったってか?』
『……さぁな』
再度肩を竦めるシノ。へいへい…もうお前にはきかねえよ。
俺は意識を再びヒナタの方へと向ける。…ヒナタはそのまま真っ直ぐと森へ…入ってはいけないといわれてたキツネの森へと入って行く。
……人のいないとこで何すんだか…密会か?やるね…。
密かに笑う俺の横で、シノが今日何度目かの溜息をついたのがわかった。
森の中、地面に足をつけ後を追うよりは、木の上の方がいい。
っつうか、そっちの方が忍者らしいし?…なんて日夜いい続けてる俺の持論にしたがってか、俺たちは木の上からヒナタの監視。
俺たちの少し先を、ヒナタは迷いもなく歩きつづけている。
木漏れ日の零れる静かな森。サクサクと小さな足音。…あぁ、鳥が鳴いてる。
…所で…俺たちなんでこいつの後追ってたんだっけか?
いいかげん尾行にも飽きて来たそのころ、ヒナタの足が一瞬止まる。前方を見それから笑みを深め、再び歩き出す。
あ?…。
その視線の先を追うように、前方を見る。直後、思わず目を見開く。
鬱蒼と茂る木々がわずかに開けた日の当たる場所。その中心にある大きな岩。その窪みに、金色。
ふわふわとしたその金色が、風に靡いているのが見える。気持ち良さそうに目を細め、風を感じているそいつ。
不意に、ヒナタの気配に気付いたのか、視線を向けるのが見える。
「…よぉ……相変わらず暇だよな、お前も」
可笑しそうに目を細め笑いながら、それでも真っ直ぐヒナタを見て言うセリフ。
―――ウズマキナルト?
アカデミーでもうちはサスケと並ぶ有名人…ってか、意味は全く異なるけどな。
他では類を見ない金色の目立つ髪。小さな手足、留年してるくせに成績はドベで悪戯坊主。……ついでに理由もなく、周りから疎まれてる奴。
でも、あれが本当にうずまきナルトか?
そう思わずに入られないほど、穏かで落ち付いた雰囲気を出しているそいつ。…ついでに、口調も違ってる。
…お前…『ってばよ』…ってしゃべり方じゃなかったか?
でも、不思議と違和感はなかった…って言うより、あぁ、こっちの方がしっくりくるなって感じ。
アカデミーで見るうずまきナルトは、時々妙な違和感を感じる事があったから。
なんの気無しにシノを見ると、シノはなにも言わないまま前方を…うずまきナルトとヒナタを見ていた。
そんな俺たちの前で、ヒナタとうずまきナルトは笑いながら話をしている。
「それは…ナルトくんも…でしょ?…いつも…ここにいるし」
「ん?…俺、ココ好きだしな。それに……」
俯きかげんに、口の端に浮かべた穏かな…でも色んな感情の混じった笑顔。
「誰もこないしな…淋しいだろうから俺がきてやってんの」
微かに聞こえる2人の会話は、静かなこの空間を震わし…音としてではなく空気の振動で俺たちに内容を知らせる。
周りの空気に溶けこんだ、自然なままの2人…。そこには、俺たちもめったに見ない…そして初めて見る、ヒナタとうずまきナルトの姿があった。
不意に二人の会話が止まった。
「誰だ!」
静かで、それでいて強い声が俺たちのいる木へ。
やっべ…見つかった。
シノと顔を見合し、木から飛び下りる。
「キバくん……シノくん…」
驚いたようなヒナタの声。けれど、危機感はなかった…もっとも、俺らに対してんなもん向けられても困るけどな。
なんでもないように片手を上げ、2人に近寄る。
「よっ、お2人さん。こんなとこで密会?やっる〜」
笑いながらなんでもない口調。瞬時にうずまきナルトの雰囲気がわずかに変わるのを感じる。
「二人とも、いつから見てたんだってばよ〜」
…能天気な声。その実、裏では探りを入れてやがる。
いい性格……。僅かにシノと視線を合わせ、俺たちは密かに笑う。
「あ〜最初っからかな?ヒナタ全くきづかねえし」
俺たちの尾行…なんでもないようにさらっという。…だから、さっきのうずまきナルトに戻りやがれ、言葉の端々にそんな気配を込めながら。
うずまきナルトは俺の話を聞き…そしてヒナタに視線をやる。
尾行されていたのに初めて気づいたヒナタが驚いたように目を開いているが、そこに焦りはないのを悟ったうずまきナルトは溜息を一つ付き、肩から僅かに力を抜く。
「デバガメってんだぞ?そういうの」
軽く睨みそういうそいつに、俺はにっと笑みを向ける。
「すっげぇ自覚はある、安心しろ」
わん!
同意するように懐の赤丸が鳴いた…いや、同意はせんでいいっての。
こんっと軽く赤丸の頭を叩く、そんな俺の前でうずまきナルトが吹き出した。
「安心しろってなんだよ、へんな奴」
あっ…こいつの笑い顔、好きかもしんね。
「お前は全くしゃべんねぇし…起きてるか?」
冗談混じりにシノの目の前でひらひら手を振る。直後、シノの手刀。
うわ……シノが突っ込みやがった。
「珍しい……」
ボソッとヒナタが呟く声が耳に届く、ついでに『いきなりんな事するか?見かけに寄らず狂暴』なんて頭押さえながら言ううずまきナルトに堪えきれず爆笑。
睨んでくるシノの視線もなんのその、俺は笑いながらうずまきナルトの肩を組む。
「いっや〜、良くわかったよな〜、そ、こいつって以外と狂暴なんだよ…あ、俺、犬塚キバな?」
んで、こいつが油目シノ。…親指立てて、それでシノを指差しながら言う俺に、ナルトは頭を押さえていた手を降ろし笑む。
「知ってる。んでヒナタの幼馴染…だっけ」
あ?そこまでしってんだ?
喋った?…そんな意味合い込めヒナタに視線をやる。ヒナタはそれに気づいたのか首を横に振っている。
…ま、誰かに聞いたんだろ。すぐにそう結論付け、岩に拠りかかり腰を下ろす。
つられるように皆腰を下ろし、それから取り止めない会話が始まる。
そんな出遭い、そんな始まり。
アカデミーでは見られない、こいつの笑顔。雰囲気。
うん…、こいつの気配、好きだな。
んな事思う俺の懐で、俺の思ってた事に気付いたのか赤丸が同意するようにわんと鳴いた。