…あぁ…月が赤い。
真丸い月が…今日も昇っているね…。
君は今…何をしている?
憎い…愛しい…キツネの仔……。
「………ミズキ…センセ」
子供特有の高い声。静かなその空間に響き。
ゆっくりと…声のしたほうへ視線を遣れば…格子の向こうには金色の髪の子供。
「やぁ…どうしてこんなところへ来たの?」
君は、もう俺には遭わないんだとばかり思っていたよ。
だって、俺は君にとって一番知りたくない事を言った人間だろう?
…そんな俺の前で…金色の子供は笑った。
今まで…俺が見た事のない笑顔で。
「俺が来たかったから来たんだよ。ミズキセンセ?」
言って背中を向け、格子に寄りかかって座り込んだ。
視線の先を追えば…大きな月が窓から差し込んでいて…。
言葉無く…子供の背中を眺めていた俺の視線に気づいたのか、その子供は不意に降り返り、にっと笑んだ。
「そうそう…お土産持って来たんだってば」
言いながら懐を探り、なにかを俺へと放る。
受け取り、手の中のものを見れば…ワンカップ。
「手にいれるのすっごい大変だったんだってば。感謝しろよ?」
クスクスと笑いながらそういうと子供は、また視線を月へとやる。
月明かりに照らされたその子供は酷く大人びた雰囲気を発していて…。
………これが…あの子なんだろうか…。
思わず、そんな念を抱かずにはいられなかった。
静かな…暗い部屋。音もなにもない…時間の流れすら差しこむ日の明かりでしか確かめる事の出来ないこの場所。
ここに…幽閉されている俺の前に…どうしてこの子供は現れたんだろう。
俺に対するものは…憎しみだけだろう?
「…ばかなコトしたね…あんたも」
俺を見ずにいう言葉…その声は酷く落ち付いていて、静かで…この子は…こんな声を持った子供だったんだろうか。
のまないの?……言葉を無くしていた俺の前の子供の言葉。
「…俺を…恨んではいないのかい?」
直後帰ってきたのはきょとんとした表情。…俺の言葉の意味がわかっていないような。
「…どうして?…どうして恨まないといけないんだってば」
だってミズキせんせーずっと俺に優しかったってば。恨む理由なんて無い。
そう言いながら笑む…金色の…ナルトくん。
「それに…知ってたしね」
「………え?」
言葉の真意を量りかねて…思わず訊ねる俺の前で…その子供は窓から差しこむ月の光を一心に浴びて……目を細め柔らかく笑んだ。
俺ノ中ニ…九尾ガイル事…俺ハズット前カラシッテタヨ。
…バリン。
俺の手から零れ落ちたワンカップが床に落ちて濡れた鈍い音を立てる。
「あーあ…せっかく持ってきたのに…勿体無いってば」
その場に酷くそぐわない…能天気な声。
「…いつ…から?」
咽が渇いてる…張りついていて…あぁ…声が上手く出ないね。
俺の問いに…格子を握り、寄りかかって天井を眺め考えこむ子供。
「んー……かなりまえ…かなぁ…アカデミーに入ってたころにはもう知ってたってば」
はっきりとは思い出せない…そう言いながら俺の知っている…なにも知らないような無邪気な笑顔を作る子供。
だから………。
ご免ね…ミズキセンセ…。
静かな静かなその声が…冷たい壁に跳ね返って、床に落ちて溶けた。
ご免ね。ミズキセンセ。
俺に遭って…俺の担当なんかして。
こんな冷たいとこにはいるハメになって…。
あの事があって…俺はイルカ先生の心を知ったよ。
俺が…ミズキセンセーをここに閉じ込めちゃったんだね。
静かに、言葉を紡ぐ子供。
その表情は影に隠れてよくわからなかったけれど。
感情を出そうとはしないその声で…君の心がわかったような気がした。
どうして君が謝るの?
自然に……そう極自然に浮かんで来た思い。
それでも君は立っていたんだろう?
皆に…俺にあの冷たい視線を向けられて…誰もいないで、たった独りで。
独りでたっていた君に…君の心に重く圧し掛かる事実を付き付けたのは俺なのに…。
口に出そうとしなかった…君が認めたくないだろう言葉をはいたのは俺なのに…。
「…うぬぼれられたら困るんだけどな」
俺の言葉に金色の子供はその青い目を俺に向けた。
「お前に謝ってもらうほど俺は落ちぶれて見えるか?…笑わせるな。……いつまでもここにいるはずないだろう。必ず抜け出てみせるさ……そのときは、お前に復讐をする、俺の計画をぶち壊したお前にな」
…だから…謝る必要はないんだよ。
君は君らしくいればいい。
俺がここにいるのは…俺のせいなんだから。
そんな俺の前で子供は何度か瞬きを繰り返し…そして…
笑った…。
「ん…早く出てこいってば。……そのときは正々堂々返り討ちにしてやるからさ」
格子を握っていた手を離し、小さな拳をその間から突き出して笑う子供。
強いんだね…君は。
口角を上げながら俺も拳を握り…その突き出された拳に当てる。
「今のうちに余裕を持っておくんだな。その言葉がただのハッタリでない事を祈るよ」
当たり前だってば。…いいながら笑う子供は俺が知っていたアカデミーでのものと同じで…。
…強くなるね。君は。…今よりズット…。
…あぁ…月が赤い。
真丸い月が…今日も昇っているね…。
君は今…何をしている?
もう…俺の事は思い出さないかもしれないね。
ここは今でも時は流れずに…日の光だけが差して…そして闇に飲みこまれて行くよ。
俺の事は思い出さないでいいから…。
強くおなり…誰よりも…。
そのきっかけに少しでも俺が携われたんだと…それだけは俺に思わせていて…。
時の流れから離れたこの場所で…。俺は君だけを想っていよう。
愛しく…憎いキツネの仔。
狂おしいほどの君への憎しみと…それ以外の想いを胸に…。