俺の心を覗いてきた奴がいた。
覗ける奴なんていないと思ってた。
俺のココロの中にある…大きく小さなキツネの部分。
それを覗いたあの人は…どうして俺からはなれないんだろう。
「ナルト〜〜〜!!!」
イルカ先生の叫ぶ声。予想通り怒鳴り声。
俺はにっと笑みを浮かべ、イルカ先生が追いつけるほどの早さで逃げる。
走る度に流れる風景。呆れた様な目で俺を見る生徒。
そんな中で一つだけ…呆れとは違う視線。
……また、あの子。
イルカ先生につかまって、いつも通りの説教受けて
『もうしません』
って嘘の約束。
それから俺は、一人森の中へ。
キツネの住みし、静かな森。
誰も、ココには入らない。だから、俺はココにいる。
独りはきっと淋しいでしょう?…俺はココにいてあげる。
あんたの子供になった、この俺が…あんたの側にいてあげる。
光の届かぬその森の、ずっと奥にひっそりとある。俺だけ知ってるヒミツの場所。
大きな岩の窪みに座り、溜息一つ。目を閉じる。
音もないその空間は、ひっそり息衝く何かを感じ。
安堵の息が知らずに零れた。
…疲れた……。
いっそのこと…やめてしまおうか…
悪戯坊主のウズマキナルトを。
夢に落ちても何もない…ただ暗いだけの深淵の夢。
………あぁ…まただ。
何も無い筈の深淵の底に…今日も感じる一つの視線。
どうして俺を見ているの?
俺を見ても…愉しくないでしょ?
溜息一つこっそりと零し。それから視線の先を見る。
「……愉しいか?……ヒナタ」
瞬間視線は消え去って。俺は夢から舞い戻る。
重い身体をおこしながら、零れる髪を掻き揚げて…しせんの先に移るものに俺の身体は強張った。
「……ヒナタ…?」
視線の先にはヒナタがいて…瞬きもせずに俺を見て…その目から零れるのは大粒のミズ。
「な…何泣いてんだってばよ」
いつもの俺をとっさに作り、慌てた様子でヒナタに近寄る。
ヒナタは涙を拭いながら…何がいいのか首を振る。
……なんだってんだ……。
俺の夢に入りこむ…視線の主のこの女。
時折しゃくりあげながら…それでも涙を必死で止めてる。
「…うれ…しい…の」
小さな、聞きとりにくい声。俺はその声を逃がさぬ様に、ヒナタの肩に手を置いて顔を覗きこむ。
「何が嬉しいんだってばよ?…泣くほど嬉しいことでもあったのか?」
だったら俺にも教えて欲しいってば。……出来るだけ明るい声で続けながら言うと、ヒナタは顔をあげ、俺を見た。
「ナルト…くんが……私の名前…呼んでくれたから……」
心臓が、音を立てたのがわかった。
ヒナタがさしてるのがなにか、すぐにわかったから……。
『……愉しいか?……ヒナタ…』
「愉しかったんじゃないの…でも…ナルトくんを……知りたかったの……」
さっきよりももっともっと小さい声で泣きながらの言葉…。
正直言って…聞き取りにくくないかって言や嘘になるけど、その言葉は、音としてではなく振動で俺の中に入って来てた。
…気のせいじゃなく…本当に見にきてたのが、はっきりとわかる言葉。しかも…自分の意志で……。
でも……。
「変わってるよな…お前」
自然零れたいつもの俺…こいつの前で自分作ってもしかたねえ気がしたしな。
「変わって…る?」
鸚鵡返しのように訊ねるヒナタに苦笑を洩らし。言葉を続ける。
「そ…俺の事知ってどうすんの?あんたが皆に嫌われるだけだぜ?…なんせ俺は……」
…バケモノだから…
平気なはずなのに、その言葉が口から出てこなかった。自然浮かんだ自嘲笑。
「嫌われたって…いいの……ナルトくんが…知りたいから………」
少し顔を赤くして、蚊の鳴くような声で言うヒナタ。
……やっぱ…変なやつだ……。
「性格悪いよ?俺」
なんせ、ほんとの自分を誰にも見せない奴だしな…優しいイルカ先生にすら。
軽い口調で言う俺に…ヒナたは少しだけ笑って言った。
「見てたから…知ってる」
小さな笑い声。冗談混じりのその言葉…相変わらず声は小さくて聞き取りづらかったけど。
その応えに少なからず満足し、俺はヒナタを見なおした。
…こいつ…おもしれえかも……
「言うね…あんたも」
顔見合わせて、笑いを零す。この小さな声の女の子のもつ、独特の空気が気持ちよかった。
心の中を、覗きこんで…それでもどうして俺を知りたいと思う?
俺は人じゃないんだよ?…いつかは食ってしまうかもしれないのに……。
キツネの森の、その奥で。小さな窪みであくびする。
その横にいるのは変わった女。…小さな声した変な女。
同じようにあくびしたヒナタの肩に寄り掛かり。そのままゆっくり目を閉じる。
俺のココロの中にある…大きく小さなキツネの部分。
それを覗いたこの人は…どうして俺からはなれないんだろう。
今日は…イイ夢が見られるかもしれない……。