もう6年ほど前になるか…月の綺麗な夜に、俺は金色のヒヨコにあった。


 暗部での仕事も一息付き、久々に里に帰ったあの夜。
 火影様への報告っつう正直めんどくせえとしか言いようのねえ作業をようやく終え、俺は懐から煙草を取り出す。
 五臓六腑に染み入る味。ようやっと仕事を終えた。その味はそんな安堵感を呼び、ついでに苦笑まで呼びやがった。
 仕事の充実感なんざあるわけがねぇ、だがだからと言ってこれ以外の職に付くつもりもさらさらねぇ。
 まぁ…もっともこれを職って言うのかはわかんねぇがな。
 仕事の後はいつもこうだ。全く、いいかげんに慣れてもいいもんじゃねぇか。
 俺は、自分がそんなに甘い人間じゃねぇと思ってるんだがな……。

 同期の中には、すでに妻子持ちの奴もいる。
 俺は生憎と待ってくれる妻もガキもいやしねぇ。だからっつわけでもねえが暗い部屋にそのまま帰る気もせず、なんの気なしにぶらぶら夜道をほっつき歩いてた。

 そんな時だ…公園のブランコに小さな人影を見付けたのは。



 んぁ?…ガキ?
 人影で、それはまだ年端もいかねぇガキだってこたすぐにわかった。しかし時間が時間だ。
 ガキの起きてる時間じゃねぇって自信もって言えるぐれえの夜半すぎ。このがきゃぁ、なんでこんなとこにいやがんだ?
 ぽつり…ガキがなにか呟いた。
 ほっといてもよかったんだがよ、その声は風に乗って俺んとこに運ばれてきやがる。しかも呟いてる内容が内容だ。

「消えた方が…いいのかな…」
 
 …なにいってやがんだ…このガキ……。
 普通のガキの思う事じゃねえだろ。
「んぁ?…なに言ってやがんだ?」
 頭で考えるより先に口から思わず言葉が落ちちまった。
 ガキは俺の声に驚いたみてぇに振りかえり、目を丸くしてやがった。
 まぁ…声に出しちまったもんは仕様がねえわな。
 元々、細かい事考えるのは性分にあわねえ、ガキが俺に気付いてるみてぇだしと、俺は煙草を咥えたままガキに近寄る。
 ちっこい身体、見開かれた目はでかくって…んなにでけえと目玉落ちるんじゃねえかってほどだ。
 ガキはそのでけぇ目を丸くしたまま俺をじっと凝視していて…んで言った言葉がこれだ。
「………熊?」
 …驚いた顔して、言うことはそれか……。大体、俺のどこが熊に見えるってんだ。
 苦笑し、フィルターを噛みながら頭を掻く。
「おいおい…誰が熊だって?」
「おっちゃん」
 ……躊躇もなくはっきりとまぁ……ガキってのは本当に恐れってもんをしらねぇな。
「間髪いれずに答えるかねぇ、そこで」
 なんだか可笑しくなってきやがった。知らずに咽奥から笑いまでこみ上げてきやがる。
 ガキは、俺が笑っている理由がわかんねぇんだろう、きょとんとした顔で見上げている。
 しゃがみ込み、ガキの目の位置を同じにする。
 蒼い…硝子みてぇな透明な大きな目。
 相変わらず不思議そうな顔で俺を見るガキの顔を覗きこむ。
「で、お前さんみてぇなガキが、なんだってこんな夜分に出歩いてんだ?…親父やお袋が心配するだろ?」
 まぁ…極普通の事だよな。なのにそのガキは、なんだかしらねぇが納得したように息を付き俯きやがった。
 …んだぁ?
 そう思う俺の目の前で、そいつは顔を上げ笑う。
「心配する人なんか…いないから平気」
 あ?…そいつぁどう言う……。
 口に出し、訊ねるより先に思い当たった…っつうより思い出しただな。
 金色の髪、硝子のような青い目。
 この里では類をみねぇその特徴的な外見は…たしか火影様んとこに今いるはずの、キツネの器のガキのもの。
 あぁ…だからか…。
 だから、こんな夜分に、里のもんに見られねえ時間に行動しているんだろう。
 …笑顔浮かべてるわりにゃ…お前さん、そのブランコの鎖持ってる手が震えてんぜ?
 ぽんぽんと軽く頭を撫ぜてやる。ガキは俺のやってることの意味がわかんねぇんだろう。首を傾げて俺を見ている。
 しゃがんでいた身を起こし、短くなった煙草を地面に投げ捨てる。
「なんでもねぇよ。気にすんな」
 その言葉に、俺を見ていた視線が外れる。軽く反動を付け、ブランコを漕ぎ出したガキ。
 キィ……キィ……。
 夜空に響く鎖の軋む音を耳にしながら、新しいタバコを咥える。
 …器…ねぇ……。キツネの器って言うよりゃ……。
 目を引く金色の髪。短い手足…あぁ、きっと歩く姿はちょこまかしてんだろうな。…そうだな…んな姿はどっちかってっと……ヒヨコだな。
 眩しいお月さんを眺めながら、ぼんやり考えてっとガキの声。
「なぁ…おっちゃん誰かと待ち合わせしてるの?」
 どこかおずおずと言った声…あぁ…この場所はお前の縄張りか?
 それでもきづかねぇフリして煙草に火をつける。…煙がゆっくりと肺を巡り、吐き出しながらガキを見遣る。
「んぁ?…なんでだ?」
「だって…ずっとココにいるだろ?」
 それから俺に気付かれないように一瞬視線を巡らせてやがる。誰かの目がねえか…確かめてんのか?…バカだねぇ。
 小さく笑い、再度紫煙を吐き出す。
「待ち合わせなんぞしてねえよ?」
 首を傾げるガキを見ながら言葉を続ける。
「ガキが独りでいるんだ。俺がいてもいいだろうさ」
 独りはつまんねぇだろが?言いながら笑う俺の前で、ガキは顔を強張らせ…そのままブランコから降りて背中を向けた。
「…おまえさん、どこに行くんだ?…帰るのか?」
 声をかけると、ガキは立ち止まり、俺のほうを向かずに両手を握り締めている。
「…俺といるよりは…一人の方がずっといいよ。きっと……」
 感情を押し殺した声、…ガキの出す声じゃねえんだがな……。
 しっかし…このガキは……。
「なんだってそんなこと言い出すんだ?」
 おれの問いに、ガキはゆっくりと振り返り…そして笑いやがった。
「おっちゃん、俺の事しらないだろ?だから…普通に俺の事見れるんだよ」
 あぁ…そう言うことか…。全く…めんどくせぇやつだな。 
 笑い顔が、泣き顔に見えて仕方ねぇんだよ。
「知ってるよ、ウズマキナルトだろ?…で、それがどうかしたのか?」
 ガキの目が見開かれる。そのまま硬直したみてぇに全く身動きしねぇ。
 ……ガキのくせして余計な事考えすぎだ。
 もっとも…その責任は俺達にねえとはいわせねえがな……。
 硬直したままうごかねえガキに近付く。その姿がどこか痛々しく見えて…。胸が痛む気がした。
 人殺しても罪悪感もわかねえ俺がだ、胸がいてぇなんざ冗談としか思えねえ。
 こういうときゃどうすりゃいいんだか…あぁ、ガキの相手は慣れてねえんだよ、俺は。
 とりあえず手を伸ばし、頭を撫ぜてやる。
 ふわふわした手触りのいい髪、おれの手にすっぽり収まるんじゃねえかってほどちいせぇ…。
 ガキは目ぇ見開いたまま俺をじっと見ていて…。
 …ちょ…ちょっと待て…。


 そのでけえ目から涙が零れ落ちた。
 

 小さなガキ、ヒヨコみてェなガキ。
 ……お前さんは、理不尽な運命背負わされたただの被害者だってのにな…。
 こんくれえで涙零れるぐれえ…追い詰められてんのか?
 それでも…わりぃな、俺は上手い言葉をかけてやれるほど器用じゃねえんだ。
「変な気ぃ使うな…めんどくせぇガキだな」
 俺の言葉に、ガキは涙を擦りながら微かに鳴き声も混じった言葉を返してきた。
「うる…せ…熊…」
 …上等。
 言い返すだけの気丈さがあるってこた良いこった。
 空元気でもいい。その強さは持ちつづけておきな……。



「なぁ…ガキ」
「なんだよ…熊」
 …熊決定かい…。
 ベンチに座り、さっきまで泣いてたのが嘘みてぇにガキはくそ生意気な言葉を吐き、空を眺めている。
 瞬く星空…あの一つ一つが人の命だって言ったのは誰だったか……。
「…つれぇか?」
 呟く俺の声が、夜空に溶けこんで行くのがわかる。。
「…そんなの…わかんねえ」
 感情のない…声。…んなこた考えた事もねえ…いや、考えようとしなかったってとこか……。
「……そうか…わりぃな、変な事きいちまったみてぇだ」
 辛いと自覚するのは、苦しいことだしな……俺の言葉がきっかけで、苦しまなきゃいいが…。
 失言だったと頬を掻く俺の横から、小さな笑い声。
 年相応の…ガキの声。
「んぁ?…何笑ってやがんだ」
「なんでもない」
 首を振り、それでもどこか嬉しそうに笑うガキ……。
 全く…ガキってのは……めんどくせぇな。
 その笑顔につられるように、自然俺も笑みを浮かべながら一人そんな事を考えていた。



「じゃ…俺そろそろかえる」
 あれからどれぐらいの時間がたったのか、ガキは突然そんな事を言ってとんっとベンチから飛び下りる。
 ま…たしかにガキの起きてる時間はとっくの昔に過ぎちまってんしな。
「お前…火影様んとこに住んでるんだっけな」
 たちあがりながら一応の確認をガキにすると、ガキは俺の質問の意味がわかってないっつぅ風で、まぁ、それでも頷いていた。
 ガキの横を通りすぎ、公園をあとにしようと足を進める。……ガキはまだ立ち止まったままだ。背中に視線を感じながら立ち止まり、振りかえる。
「どうした?…帰るんだろうが…ほれ、行くぜ」
 俺のほうが先に火影様ン家についても意味ねぇだろうが…言いながらまた歩き出し、手をひらっと振ってやる。早くこいっつぅ意味織り交ぜて。
 少しの間の後、耳に届いてくんのはガキの小さな足音。ガキにわかんねぇほど密かに零れた笑み。
「まったく…手のかかるガキだな」
 やええ手触りの金色の髪の上に頭を起き呟くと、ガキが「うるせえ」って笑顔で答えやがった。

 小さな手足のちまいガキ。ヒヨコみてぇにちょこちょこ両足動かして俺の横を歩くガキ。
 他のガキなら当たり前に受けるはずの保護を受けてない…ヒヨコ。
「強くなんな…今よりもっと強くな」
 ガキに言ってんのか、それとも俺の独り言なのかわからねぇ言葉が零れる。
 俺の言葉にガキは笑って頷いた。
「おう、強くなる。誰よりも」


 良い笑顔だよ…負けんな。












「んで、お前さんは火影になるとか言ってんのか?」
 でけえ夢持っちまったな、おい。
 笑う俺のまえで、クソガキヒヨコは俺を同じように笑いながら、けれどどこか真面目な目で言いやがった。
「そ、きっかけくれたのはあんただよ?…熊」
 ……俺が…きっかけかい…。
 それでも、でけえ夢だ。それこそ、俺なんかは考えもしねえだろうさ。
 真っ直ぐな目で、前を見据える力を持ったガキ。
「いつか、アンタより強くなるからさ」
 覚悟しとけよ?…にっと口端を上げ、自信たっぷりな様子で言うガキは見た目より随分でかい空気を身につけている。
 こいつぁ…本当に俺なんぞよりずっと高みに上がるかもなぁ……。
 まぁ、んなこた口に出してなんざやらねえがな。ガキをつけあがらせるつもりゃさらさらねえ。
 浮かんだ考えを消すようにデコピンをかましてやる。
「かわいくねぇガキに育っちまったなぁ…」
 いてぇ、何ぞほざきながら俺を睨む青い硝子の目。……そうだな。
「まぁ…そんくれぇの方がいいのかもなぁ…がんばんな、くそガキ」
 これが今の俺にしてやれるこった。…それ以上のこた、俺の領分じゃねえだろ?
 頭を撫ぜてやると、擽ってぇのか首を竦めるガキ。
 …やっぱこういうときゃガキだな。
 って思ったのもつかのまだ。
「言われ無くてもがんばるよ。…あんたも頑張れってばよ?アスマせんせ?」
 あぁ…可愛くねえな。
 素直によろこんどけってんだよ。俺の激励受ける奴なんざそうそういねえんだぞ?
 軽く頭を叩きながら…それでもこのガキらしい返答にどこか機嫌がいい自分がいる。
 …頭でもわいたのか?俺ぁ
 不意に、ガキの手が俺の煙草に触れた。
「んぁ?…吸いてぇのか?」
「吸わしてくれるわけ?」
 …間髪いれずにんな嬉しそうな目で問い返すんじゃねえよ。
「十年はぇえんだよ、ガキ」
 再びデコピンをかますと、不満そうな目が俺を捕らえる。
 …ガキってのぁ…本当に好奇心旺盛だよな…。
 今から中忍試験に及ぶってのにまったくその気負いも見せねえガキ……。
「まぁ…中忍試験に合格したら考えねぇでもねえがな」
 だから、合格してみせな?
 俺の言葉が予想外だったんだろう、驚いた顔して確認を取ろうとするガキの背をぽんっと叩いてやる。
「ほれ…そろそろ時間だろが…お前の仲間が待ってんだろ、さっさと行きな」
 ……おー、おー、不満そうなツラだな…だがな、二度も同じ言葉言うほど俺も親切じゃぁねえんだよ。
 しかも、一応お前、未成年だろうが。
 何やら考え事してるガキの顔を見下ろしていると、不意にその手が伸び、俺の襟を掴むと思いっきり引っ張りやがった。
 あ?腹いせ変わりに殴る気か?
「あ?…どうし……」
 笑いながら言う俺の言葉がとまったのは口に何かがあたったからだ。
 やわっけぇ………おい…まて…クソガキ……。
 理解するより先に目にはいるのは悪戯が成功したような笑みを浮かべたガキの顔。
 そのまま踵を返し…走り去るのがわかる……。
「さっきいった言葉、取り消すなよ?」
 太陽みてェな明るい声。
 その姿が消え去ってしまったあと…ようやく俺は我に帰る。
「……あの…クソガキ……」
 あぁ、ちくしょう、してやられたよ。
 とんでもねえ反撃覚えたもんだ……。


 柔かな風に目を細め、肺に煙を流しこむ。
 ゆっくりと吐き、ガキの消えたあとを眺める…もういねえんだが、あのガキの後ろ姿が見えるような錯覚を覚え、知らず笑みが浮かんでいた。


 クソガキ……早く俺に追いつきな。
 待っててなんかやんねぇからよ……早く…早く昇って来いや。







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