俺の隣でいつもみたいに笑ってる。
 静かで穏かな笑顔。

 俺の前に立って笑ってる。
 無邪気でバカっぽいガキんちょのまんまの作り笑顔。

 …あいつの笑顔は嫌ってほど見た。
 


 アカデミーの帰り道、偶然あいつの後姿を見かけた。
 見逃そうにも見逃せない、ふわふわの金色。
 わん!
 頭の上で、赤丸がひと鳴き。
 その声に反応したようにナルトは降りかえり…そして駆け寄って来た。
「キバ、それに赤丸。久しぶりだってば」
 にこっと笑顔。……久しぶりって…あのな、昨日もあそこで俺らあってたぞ?
 …なんて考えは顔に出さず、俺もにっと笑みを返す。
「よっ、久。お前も今帰り?」
 見てりゃわかるって…心の中で突っ込み入れながら、ナルトの横にたち歩き出す。
ナルトも同じようにあるいて…まぁ、いつも通りの会話。
「な〜、キバンとこも課題出された?」
 こんなの解けないってば…ぷくっと頬を膨らませ、アカデミーで出された課題の話をする。
「あ?…今日は出されてねえけと…課題ってどんなんだ?」
 差し出されたプリントに目を遠し…返す。
「これ、俺先週出されたわ」
「マジ?…んじゃ俺に答え教えてくれってば」
「やだね」
 笑いながら歩きつづける俺に、リーチの差か半歩遅れがちで付いて来たナルトは両手を上げ怒る。
「ケチ!んな事いわなくっても言いってばよ!」
「ちったぁ努力しろっての」
 …まぁ、俺もシノに写させてもらったけどよ…。それは言わなきゃわかんねェってな。
「努力しても無理なもんはあるんだってば〜〜!!」
 …努力する気もねえだろ、お前。
 まぁ…その気持ちはわかる。

 笑いながら平和に…自然にいつもの場所へと向かってた俺達。…その足を止めたのは、あいつにとってはいつもの事(らしく)、俺にとっては信じられない出来事だった。
 
 飛んで来た石。…俺の横にいたナルトのこめかみにあたって落ちた。
 なっ……
 とっさの出来事で目をむく俺、頭の上の赤丸が低い声で唸ってる。
 尖った石の先で切ったのか、赤い血がナルトのこめかみから流れ落ちていて…ナルトはその個所を当たり…血の付いた指先をじっと眺めていた。
 ――シンジャエ!
 笑いながら言った…石投げた奴。多分どっかのガキ。
 一気に頭に血が上ったのがわかった。…アカデミーでは見た事の無い顔。多分ただの一般人。
 そいつに向かって飛び掛ろうとして…直前に俺は止められた。
 俺の腕を掴む細い腕。
「…だいじょぶだってば、俺…な?」
 赤い血を流しながら俺を止める笑顔。
「っつーか、笑顔浮かべるとこかよ、お前は!」
 俺の剣幕に驚いたのか、石投げたガキがどっかに逃げたのがわかった。……顔は、覚えたからな。
 でも…ナルトは笑顔浮かべたまま。
「泣いたって仕方ないってばよ」
 いこ?…そう言って歩き出したナルト…言いたい事はいっぱいあったけど、今はその言葉、飲みこんだ。



 なんで笑える?
 いつもとかわんねぇ笑顔で。
 怒ってもいいとこだぞ?
 あのガキ、笑いながら言った言葉の深さわかってんのか?
 だから…怒れよ、ナルト。

 後ろ姿見ながら歩いてって…いくつも浮かぶ言葉。
 怒りは到底消せそうになくって…でもいつもとかわんねぇナルトがそこにいて…俺は余計にはらがたっていた。
 ふと…視線を下げて…息を飲む。
 ……そうだよな……平気なわけねえんだよな。

 ナルトは、両手を握り締めてた…震えるほど強く。

 それが怒りのせいじゃないってのはすぐに解った…なんで解ったのか…理由はないけど確信に近いなにか。
 …泣けよ…悔しいからでも…哀しいからでもいいからさ…。






「泣け」
「………は?」
 いつもの場所、森の奥。
 ゴシゴシと消毒もしようとせずに傷を拭うナルトの横顔見ながら言った言葉。
 案の定ナルトは一瞬動きをとめ…驚いた顔で俺を見る。
「……キバ…お前いきなりなにわけわかんねぇ事言い出すわけ?」
 溜息混じりの呆れたような言葉。
 俺は手を伸ばし、ナルトの頬をつまんで伸ばした。
「いいから泣け」
「ひょ…ひょほ…はへ!」
 ……なに言ってんのかわかんねェっつうの。
「泣け、今すぐ泣け」
 さらに頬を伸ばしながら言う…直後思いっきり頭に降って来たのはナルトの拳骨。
「バカか、お前は!泣けって言われて泣けるかっての」
 くっそ…いてぇ……ん事呟きながらナルトは俺が引っ張ってた頬を撫ぜながら俺を睨む。
 泣けねえってのはわかってるけど…それでも、言わずにはおけなかったんだ。
 言葉をのみこみ、ナルトを見ていた俺の前で、俺を睨んでたナルトの目が不意に和らいだ。
「……バァカ…んな顔してんなっての」
 さっき俺がナルトにしてたように、頬を引っ張られる。
 あ?…んな顔ってどんなのだ?
「…泣くのってさ…疲れるだろ?」
 俺がどんな顔をしてるのか、聞く前にナルトはぽつぽつと喋りだした。…笑顔を浮かべたまま。
「俺…疲れる事すんのやなの。…ついでに、男だしな?」
 そうそう泣けねえだろ?…そう言い、ナルトは笑った…あのガキに石をぶつけられた時と同じ笑顔で。
 ……こいつの言いたい事はわかる…俺も男だし、泣き顔なんか人には見せらんねぇよな。
 でも…こいつはきっと一人でも泣かない。今みたいに笑って、押さえこんじまう。
 手を伸ばし、抱きしめる。腕の中でナルトがわずかに苦しげに身じろいだのがわかる。
「キバ?」
「……泣けよ」
 この笑顔見る方がずっと辛えわ。
 ナルトが苦笑して、身体の力を抜く。僅かにかかる体重。
「バァカ…さっきも言っただろ?…泣かねえの」
「泣けっての」
 ……頼むから…自分から苦しくなっていくなよな。
「泣きません」
「泣け」
 延々と続く押し問答。それでも…俺から引くつもりなんかなかった。





 ナルトが笑う顔は好きだった。
 金色が、更に輝くみたいな感じが見ていて気持ちよかった。
 それでも…泣けよ、ナルト。
 あんな笑顔は、俺は好きじゃねえ。
 てめぇは、てめぇの笑い方しろよな。
 無理に…笑うな。
 てめぇの泣き場所ぐれえ、用意してやるからさ。




「泣け」
「しつこいぞ?キバ」
「うるせぇ…泣けよな…ナルト」
「……だから…俺は泣かないんだって……」


 空を赤く染めていた夕日が沈み、空に闇と僅かな光が灯るまで、俺たちの押し問答は続いた……。




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