日向の名……そんなもの捨てたいと何度願ったことだろう。
 それと同じに、なぜ宗家に生まれなかったと悔やんだ事だろう。
 力を望み…同じにその無意味さに何度失望しただろう。
 
 それを笑い飛ばすあの男を…どれだけ眩しいと思った事だろう。



 くだらない……。
 心の中で、我事のように俺を褒める教師を貶し形式のみの礼を言い、教室へと足を向ける。
 日向の名と俺の力となんの関係がある?
 俺は、俺の意志で力を求めた。そのためにした結果が現れているだけだろう。
 力の無い者は…そうやって自身を慰めるのだろうな。
 俺には到底理解しがたかった。
 
 日向の名を出されるたびに苛立ちが心に募る。
 どんなに力があろうと、どんなに日向の姓を名乗っておこうと結局は分家でしかない俺。
 なにもかもが無意味で…虚無にすら覚える。

 首を振り、思考を打ち消す。
 考えていても仕方のない事だ……だが、どんなに消そうと思っていても、それが根底に有る事は紛れもない事実で……。




「……?」
 教室へ向かう俺とすれ違いに走り去って行く生徒。
 酷く慌てた様子で…なにかから逃れようとしているようにも見て取れた。
 後姿を目で追う。……くだらない悪戯でもしたんだろう。
 興味を失い、再び教室へと向かう。


 橙色に染まる空。廊下を歩く俺の目の前に射しこむその光は、空間総てをその色に染め上げている。
 己の足音が静かに耳に届く…それほど静かなこの空間。
 先ほどの生徒以外には擦れ違う者も現れず、後少しで教室だというその寸前。
 ………。
 鼻腔を擽る独特の匂いに足が止まった。
 これは……俺自身の身体にも流れる液体の匂い。
 血の……匂い。
 無意識の内に気配を消し、自然足がその匂いのした方へと向かう。
 目的地の教室を通りすぎ、廊下の奥、備品保管室。
 僅かに開いたドアの向こうから咽帰るような血の匂い。
 咳き込む声と荒い息遣い。
「くそ……たりぃ……」
 喘ぐような呻き声……その声には聞き覚えがあった。
 ……うずまき…ナルト……?
 同じ学年の問題児。
 気配を消したまま、開かれたドアからそっと中を伺い様子を探る。
 壁にもたれかかり、うずまきナルトは腹部を押さえているようだった。
 強くあたりに漂う血の匂いからも、かなりの量が出血しているのが明かだった。
「ガキに……武器…持たせんのが間違い……」
 言葉は咳き込む声で遮られる。かなり苦しそうな様子。それでも中に入る事を遮るような雰囲気を漂わせている。
 言葉で、何を差しているのかは瞬時に理解出来た。
 ……クナイ…か。
 実習で習ったクナイの仕様方。おそらくそれで刺されたのだろう…先ほどすれ違った者に。
 慌てて逃げていた様子から見て……故意にではなく…事故か。
 ドアの向こうのうずまきナルトが動く気配。……動けるのか?
 それに…ドアの向こうの気配…声はたしかにうずまきナルトのものだが…雰囲気が違いすぎる。
 不意に、ドアの向こうで窓の開く音……そのまま、うずまきナルトは窓から出ていったようだった。

 静寂が再び訪れる。
 どのくらいの時が流れたんだろう。一瞬かもしれないし、途方もない時が流れたのかもしれない。
 時間の概念がなくなるほど、俺はその場から動けなくなっていた。
 我に返り、ドアから中へ入りこむ。
 ……沢山の…赤い液体。
 床に大きな水たまりのように溜まったそれ。
 これだけの量を流したのなら…本来なら動けるはずもない。



 ……何者だ……あいつは……。






 その日の夜…俺は御婆様に呼ばれ、奥の間に来ていた。



「何様で御座いましょう…御婆様…」
 日向の宗家の直血でありながら、分家に嫁いだためここにいる御婆様。
 常に落ち付いた雰囲気と…威圧感を重ね持った御婆様を俺は尊敬し…同じに畏怖をもしていた。
 直に口を聞く機会など早々はありえない。その御婆様に呼び出された事により、俺は自分でも可笑しいくらい緊張をしていた。
「有無……ネジよ…幾つになったのじゃ」
「…今年で壱弐に御座います」
 膝まづいたまま答えると、御婆様は神妙に頷き、ゆっくりとした口調で里に在る秘密を話して下さった。

「……九尾…に御座いますか……あの…うずまきナルトが……」
「有無…今はまだその正体を現してはおらぬが…いつ正体を現し里に…否、この日向に災いを齎すとも限らぬ…ネジよ…心しておけ…如何様な事があっても日向の血を絶やすわけには行かぬ。…己の命に変えても…ヒナタ様の御命を護るのじゃ」
「………畏まりました……」


 あの…うずまぎナルトが……11年前の……九尾?
 そう思えば…今日の出来事も納得できないわけでもなかった。
 あの出血量で…身動き出来たのも……。
 里の大人達に…忌み嫌われているのも……。
 しかし…普段のうずまきナルトから想像できるものでは到底なかった。





 だが…納得をせざるをえなかった。
 翌日……俺が見たのは…あの出血量にもかかわらず普段と変らぬうずまきナルトの姿だった。







 いつも通りの姿で笑っているあいつ。
 昨日…腹部を刺され…あれだけの量を出血した奴と同一人物とは到底思えない。
 備品保管室へ行っても…血液はどこにもなかった。
 そう……総てが夢のように……。




 その日の授業は実践を想定した演習。
 生徒同士でペアを組み、目的地であるアカデミーの裏手にある山頂を目指すもの。
 偶然というべきか…いや、必然なんだろう。
 学年最下位のうずまきナルトと、学年TOPの俺は全体のバランス配慮のため、ペアを組む事になった。

「ヨロシクだってばよ、ネジ」
 右手が差し出される。俺はその手を取らず、横をすりぬけ演習場へ向かう。
 ぶつぶつと何やら不満げに呟きつつ後を付いて来ているのがわかる。
 苛立ちが募る。
 ……この男が本当に九尾なのか?
 無能にも思えるこの男が…本当に昔里のものを殺した九尾を内に秘めているのか?
「何怖い顔してんだってばよ?ネジ」
 後ろを歩いていたはずのうずまきナルトの顔が急に目前に現れ、俺は思考を止める。
「なんでもない」
 俺が答えるのと、演習開始の合図が出されるのとがほぼ同じ。それ以上の追求をされる前に、俺はうずまきを置いて先に進む。
「ちょっ…まてってばよ!ネジ〜!!」
 慌てた様子で後を追ってくるのが気配でわかる。

 ………こいつ……。
 俺に、きちんとついてくる…遅れる事もなく。
「いきなり置いて行こうとするなってば」
 喋る言葉に息の乱れもなく。……本当に学年最下位のものとも思えないほどのスピード。
 俺は別に手を抜いているつもりもなかった。…他のものならついてはこれないかもしれないとも思っていた。
 …やはり……九尾の?
 立ち止まる。背中に衝撃。
「ぶっ……いきなり何止まってんだってばよ」
 衝撃は、止まりきれなかったうずまきがぶつかってきたもの。
 ……周りに、人の気配はない。
 うずまきの服の裾を掴み、腹を捲る。
「ちょっ…ネジ??」
 目を丸くし、驚いているのがわかるが、そんな事に気をかまけている暇はなかった。
 …………。

 昨日受けたはずの傷は、すでに塞がっていた。
 傷痕のみが残るそれ……。

「……なんだってばよ?」
 俺の行動が不思議としか言い様がないとでも言うように、首を傾げているうずまき。
「…もうふさがったのか」
 そんな俺の言葉にうずまきはさらに理解不能と言ったようにきょとんとした顔をして……。
「なんの事だってば?」
 ……演技か…それとも…俺の見た幻影だとでも?
 俺の記憶が不確かなものとは到底思えない。しかし、目の前のうずまきを見ているとそれすらも不安に覚えてしまうほど極自然な反応。
 息を飲み、禁句を口に。
「……キツネだからか」
 刹那。うずまきの表情がわずかに強張る。…確信。
 裾を掴んだままうずまきの顔を凝視する俺を見かえし……うずまきは小さな溜息をついた。
 もう、誤魔化すことは出来ないだろう?
 裾を掴んでいた俺の手を取り、…うずまきは笑った。
「……どこで仕入れた情報かは知らないけど……人に喋ったら…殺すからな?」
 柔らかく、静かな笑み。
 感情を荒げる事のないその口調は、それだけにその言葉が脅しなだけではないと理解させられる。
 ……背筋が…凍るようなそんな感覚を覚えた。
 これが…うずまきナルトの本性…か?
 昨日、ドアの向こうから聞こえた声、雰囲気。そのままのものが今人の形を成してそこにいる。
 背中を…冷たい汗が流れた。動揺を顔に出さない要注意を払いながら言葉を吐き出す。
「安心しろ話すつもりはない。……確かめたかっただ……」
 言葉の途中。おそらく教師達がしかけただろう罠が作動する。
 俺達は左右に飛び、その罠を避ける。
 僅かに茂った藪の上に降り立った…刹那視界が闇に閉ざされる。
 ……!?
「ネジ!!」
 うずまきの…声が聞こえた………。





 …………。
 頬に冷たいものがあたる感覚に、俺は意識を取り戻す。
「…お?…目、覚めたな」
 すぐ側でうずまきの声。………ここ…は…。
 身を起こす。薄暗い闇の中。
「ドジしたよな、お前、学年TOPの名が泣くぞ?」
 微かな笑い声を耳にしながら周りを見まわす。……土の…壁…。
「地面に亀裂が入ってたみたいだな。…俺達、そこに落ちこんじまったんだ」
 うずまきの言葉に視線を上げれば、はるか上空に星が瞬いているのが見える。
 ……俺…達?
 うずまきの言葉に違和感を覚える…。こいつと俺の距離はかなりあったはずだが……。
 視線を下げうずまきを見る。うずまきはそんな俺の視線と思いに気がついたのか苦笑を洩らす。
「思わず手が伸びちまったんだよな…んで、一緒に落ちたわけ」
 そのまま視線を空にやる。
「……に…しても…あんたも災難」
「災難?何がだ」
 落ちこんでしまったのは自分のミスであり、災難ではないはずだ。
 うずまきは空を見上げたまま、口端を上げた。……今まで見た事のない表情。…自嘲笑。
 …なぜ…こんな笑みを浮かべる?
「俺なんかとペアくんじまったからさ」
 …だれも助けにこないかもよ?…言いながら視線を俺にやり、笑むうずまき。
 諦めでもない、悲痛でもない、当然のような口調。
 孤独である事に慣れた…口調。
「それはないな。…お前は幸運だ」
 俺の言葉にうずまきは一瞬眉を顰め…そして納得した表情で頷いた。
「あぁ…日向だったな、お前」
 その通りだ…まだ俺は日向にとっては必要な人間。ヒナタ様を御側で御守するもっとも最適な人間としてな。
 しかし……。
 これと言って不安の表情を全く見せないうずまきの正面に座り、観察する。
 ……あれだけの言葉で瞬時に言葉の真意を理解するところといい…俺の動きに付いて来る速さといい…この男が学年最下位とは到底思えない。
 …アカデミーで見せる顔と今の顔とのギャップといい……総て演技だとでも言うのか?
 しかし…なぜそんな事をする必要がある?
 疑問をそのままうずまきにぶつける…うずまきは苦笑し…そして溜息をついた。
「買い被り過ぎだよ?アンタ。…ま、確かにね、少しは演技してるとこもあるよ。……でもな、演技で学年最下位なんかするわけねえだろ?…んなタリイことできるかって」
 ……では…何故。
 しかし、うずまきはそれ以上の事は何も語ろうとはしなかった。余計な詮索は俺の性分ではない。必要となった時に聞き出せば良いと、俺もそれ以上の事は聞かなかった。

 どのくらいの時が過ぎたのだろう。うずまきが急に口を開いた。

「…そういえば…お前、何で俺の事…知ってるんだ?」
 口外無用の掟のはずだろ?…最後は言葉ではなく無言の問いかけ。
「あぁ…御婆様に聞いた、昨夜」
 俺の言葉にうずまきは再度納得したように頷き……。
「日向一族故って奴か…危険人物の認識?」
 小さく笑ううずまき…なぜ、そんな笑みが浮かべられるのだろう。
 …里のものから疎まれ、蔑まれ、忌み嫌われた存在。
 必要とするものが一人もいないお前が…何故笑える?
「……くだらん」
「…あ?…何が?」
 知らず出た呟き。うずまきは不思議そうに問い掛ける。
「日向の名だからなんだと言うんだ……」
 結局宗家ではない俺…ヒナタ様がいなければ…なんの存在価値も見出されないのかもしれない。
 きっと俺はそのとき、精神状態がまともではなかったのだろう。…俺の持ち得ない強さを持ったうずまきにあたってしまっていたのかもしれない。
 浮かぶ感情総てを…そのままうずまきにぶつけてしまっていた。

 うずまきは何も言わず俺の言葉を聞きつづけ…そして最後に笑った。

「……くだらねえ事で悩んでるんだな」

 …くだらない?
 頭に血が上る…今までの俺の総てだったそれを総て一笑にふしてしまったこの目の前の男に対して怒りが沸いてくる。
 …しかし、うずまきは笑ったまま……酷く真っ直ぐな声と目で俺を射抜く。。
「日向も何も……お前はネジだろ。…そんなに苦しいんなら、柵も何も捨てちまえよ」
 ……なぜ……こんなに強い言葉がはける?
「そう簡単にはいかないだろう……どんなに足掻いても…俺は日向でしかないのだからな」
 俺の言葉にうずまきは頭を掻きながら何やら思案している様子だった。それから不意に笑みを浮かべる。
「日向じゃ…なくなればいいんだろ?」
 ……何をするきなのか……。
 
 俺の前でうずまきは自身の唇を噛み、赤い液体を流した。
 そのまま俺に近づいてきて…


 口内に……鉄の味が広がった。





「これでお前は、日向じゃなくなった……な?」
 離れ、唇の血を指で拭いながら笑みを浮かべそう言い放つうずまき。
 ……血が…混じった…か。
 実際、大きな意味は現れないだろう。しかし、うずまきの笑みと言葉は俺の中に渦巻いて離れる事のなかった心の楔を少しだけ解き放ってくれた。
 日向の血の中に…九尾の血……。
 確かに…これで少しは解き放たれるのかも知れない。
「…御婆様に知れたら……きっと俺は排除されるな」
 穢れし…裏切りものとして……しかし、不思議と気分は晴れ渡っていて……。
 知らず笑みが浮かんでいたのだろう。うずまきはそんな俺の顔を見…柔かな笑みを浮かべた。
「返り討ちにしてやれよ」
 あぁ……お前は誰よりも強いな。
 その笑みが眩しくて…俺は僅かに目を伏せ、そして笑っていた。



 翌朝。捜索に来た教師達の手により俺達は無事に保護された。
 俺の不手際だという言葉に教師達は耳を貸そうともせず…うずまきを責めていた。
 二度と…このような事が起きぬよう、今後うずまきは演習に参加すらさせては貰えないらしかった。
 どんなに俺が抗議しても…それはすでに決定したことと耳を貸そうともしない。
 教師たちの理不尽な判断に怒りがわく俺の前で、うずまきはなんでもないように頭の後ろで両手を組み。
「あ〜あ…また留年決定だってば…」
 動じた風でもない口調…そうか…だから……。
 総てがわかった気がした…おそらくは昨年もそうだったのだろう。
 総てのカリキュラムから…半ば強引に外されていれば…最下位になるのも無理はない。
 しかし……それでいいのか?
 俺の思いを知ってか知らずか、うずまきは更に言葉を続ける。
「まぁ…そのうち文句の言い様もない結果で卒業して見せるってば…覚えとけよ、クソきょーし」
 その場にいる教師どもに向かっての堂々たる宣戦布告。
 その言葉には悲観の意も何もなく…。

 …ああ…お前は強いのだな…うずまき。






 日向の名……そんなもの捨てたいと何度願ったことだろう。
 それと同じに、なぜ宗家に生まれなかったと悔やんだ事だろう。
 力を望み…同じにその無意味さに何度失望しただろう。 
 その心のわだかまりを消してくれたうずまき……。
 どうしてだろう…その強さに何よりも心惹かれる自分がいた。






 いつか、俺はお前を手に入れよう。
 その為に強くなる……それを言ったらお前は笑うのだろうな。
 だが……それも…悪くはない話しだ…。そうだろう?…うずまき。



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