「チッ…くそめんどくせぇ…」
呟く声が、どっか遠くで聞こえた気がした。
へいへい…わかってるって。
本当は…面倒なんかじゃないんです。
「花火、したいってば」
同じ年のちびっこい金色のガキが急にそんな事を言い出したのは、夏の始まり、アカデミーの終業式の後の帰り道での事。
「花火?」
反復させるように訊ねると、大きく頷くのが視界に飛び込んでくる。
上下に振る頭と共にふわふわと金色が散る。
「そ、花火だってば。…俺、した事ないんだよな」
言いながら目を細め、入道雲のあがる青空を見上げる金色…ナルト。
一瞬だけ…ナルトが遠くにいるようなそんな錯覚を覚えるその表情。
言葉をなくしかける俺の前で、ナルトは視界を下げ、俺を見るとにっと笑んだ。
「だから、花火しよ?シカマル」
ナルトとの出遭いは、ほんの少し前。アカデミーでの帰り道。
なんでこんな事するんだかって思わずにいられないほどくそめんどくせぇ行動。
…リンチ。
数人のクラスメートにボコらレてるあいつを、俺はなにもしないでみてた。
止める気もなかった…ナルトの目を見たら、そんな気も失せてた。
真っ直ぐな…冷めた視線。
そのままその場を離れれば良かったのに…なぜか俺の足は動こうとはしなかった。
笑いながらその場をあいつらが立ち去り、ごろんと転がって空をじっと見上げていたナルト。
大きく息を付いて、あの青空みたいな目に本物の青空を写して…。
「……薄情だってば…」
笑いながら吐き出された、俺へ向けての言葉。
その言葉に恨みや悲観的なものは全く見られず、その事に俺は驚きながらも言葉を返す。
「だって…おまえ必要としてなかっただろ?」
直後、大きな目が更に大きく見開いて…俺を見た。
はっきりと判る驚きの表情。
「………お前……面白い奴だってば」
笑ったナルトの表情に…はっきりと惹かれている自分を感じ、俺はそのときどうしようもなく動揺していたっけか…。
「な、いいだろシカマル。花火買ってきてってば」
俺が嫌だって言うってこれっぽっちも思ってねえだろ、お前……。
思わずそう突っ込みたくなるような笑顔。
つきあってみてわかった事。
ナルトはとんでもなく我侭だ。…ついでになにげに二重人格っぽい。
俺が断るなんて微塵にも思ってない口調で、結構無理難題を吹っかけてくる。
そうやって俺が困るのを見るのが愉しいんだってさ…厄介な奴。
くそめんどくせーとしか言い用のない俺達の関係。
じゃぁ、どうして俺はナルトから離れない?
「自分で買って来ればイイだろうが、くそめんどくせー」
俺の言葉にナルトは笑いながら答える。
「だって、俺には物売ってくれないんだもん。仕方ないってば」
なんでもないような口調で…すげえ哀しいことを言いやがった。
言葉を無くす俺の前でナルトは顔を覗きこむように見上げて来て…。
「だから、シカマルが買ってくるんだってば。イイ?」
言って鬼の首を取ってきたようににっと笑むナルト。
………やられた。
断る事なんかできねぇ…。
「…くそめんどくせー」
呟いた俺の言葉に、ナルトは笑って、
「じゃ、また夜に遭おうってば」
そう言うと姿を消した。
夏の夜は、独特の雰囲気がある。
生暖かい風も、その風に吹かれ揺れる草花も、総てが暑さを纏わり付かせているようで、重く…それなのに不思議な気持ち良さがある。
夏は好きなんだと…ちょっと前にナルトが言っていた。
気持ちいいのと、気持ち悪いのと、曖昧さが混ざってるからかえってそれが気持ちいいんだと。
そんな空気に包まれ、俺はナルトとの待ち合わせの場所…さとのはずれにある小さな公園へ向かっていた。
夜中に鳴くセミ。
カエルの鳴く声も聞こえる。
思っていた以上に騒がしい夜。…それなのに俺の足音は酷く際立って聞こえる。
…あぁ…たしかに気持ちいいかもしんねーが…くそめんどくせーのには代わりねえぞ。
めんどくせーと思いつつ、ナルトの元へ向かう俺。
……酷く……曖昧。
「シカマル。こっちだってば」
公園に辿り付くと、いるはずのナルトはいなくて…きょろっと辺りを見まわしながら歩いていたら、頭の上からそんな声。
視線を上げると、大きな樹の枝に座り、足を投げ出したナルトが笑みを浮かべて見下ろしていた。
「…なにやってんだ?」
「夕涼みだってば。……よ…っと」
いいながら、ひょいっと飛び下り、俺の目の前に立つ。見上げていた視線は自然それに合わせて下り、
「思ったより、早かったってば」
見上げ、にっと笑むナルトを見下ろしながら、手に持っていた袋を差し出す。
目を輝かせ、それを受け取ったナルトは早速中を物色していた。
「すっげー、一杯あるってばよ。でかした。シカマル」
嬉しそうに笑いながら俺を見るナルト。
………可愛いかも…。
一瞬だけ脳裏を巡ったその考えに、俺は首を振る……なに…考えてんだ。
「?…どうしたんだってば?」
不思議そうに小首を傾げてなおも俺を見上げるナルト…だから…その仕草やめろ。
どう言うわけだか心臓がドキドキと大きく音を立てているのがわかる…くそ、だから…こいつは…。
「シカマル?」
「だぁぁ!」
気がつくと目の前にはナルトのアップ。
俺は不覚にもへんな声を出して数歩後ずさっていた。
「ひゃははは、シカマルってば変だってば〜」
愉しそうに笑いながら指差すナルト。
………腐ってる…。
そんなナルトの姿を見ながら脳裏に浮かんだ感情への感想がそれ。
…くそ、認めりゃいいんだろうが。
……ナルトは、可愛いです。
「ま、いいや、はやく花火しようってば」
ひとしきり笑い終え、気がすんだのかナルトはそういいながら俺に花火を一本差し出した。
それを受け取り、ポケットからライターを取り出し、花火の中にあった小さなロウソクに火をつける。
淡い灯り…。地面に置きナルトの顔を見遣ると、ナルトは嬉しそうにその灯りを眺めている。
「火、けさねえようにな」
いいながら少し離れると、ナルトは花火の先をロウソクに近づけながら笑っていた。
「ん。アリガトウだってば」
…嬉しそうだな…。
そう思いながら…俺も知らない内に笑っていた。
パチパチと、バチバチと音を立て、眩い光を発する花火。
笑いながら駆け回り、振り回し…時にじっとそれに見入る金色。
花火の灯りに照らされ笑うナルトは、いつもと違うように見えて…花火より、そっちに魅入ってることのほうが多かった気がする。
「花火って綺麗だってば」
嬉しそうに笑うナルト。光に照られてたナルトの笑顔は…太陽の笑顔。
ほとんと花火もやり付くし…最後に残ったのは定番通りの線香花火だった。
「……なんだか…この花火、淋しいってば」
小さな音を立てて、静かな光を発する線香花火を見ながら、ナルトが小さな声で呟くのが聞こえた。
「こういうのが風情があるって言うんだろ?」
線香花火から視線を外さずにいうと、横でナルトが新しい線香花火を手にしているのがわかった。
「ん〜、そう言うもんなのかもしんないけど、俺ってばもっとドカーンってのが好きだってば」
視線を横に向ければ、ナルトが線香花火に火をつけている…数本纏めて。
「大きかったら元気かもしれないってば」
言葉通り大きな火玉が線香花火の先についている。けれどそれは酷く不安定なもので、
「あっ…」
ポトリ、落ちたそれ、…やっぱな。
そう思いながら俺はその様を眺め…直後信じられないものを見た。
「ばっ…何やってんだお前は」
反射的に、ナルトは手を出し、その火玉を手で受け止めた。慌ててその手を取り、水飲み場へ引き摺る。
「いたいってば」
ばしゃばしゃと勢いよく水を手にかけている俺の横でナルトの言葉。
「当たり前だ。ばかじゃねえのか、くそめんどくせー」
いきなり予想外のことしやがるもんだから、自然口調がキツくなっていた。
「だって…なんだか嫌だったんだってば…」
ぽつり、呟く声。動きが止まる。視線をナルトへとやるとナルトは俯いていた。
「…くっついて…大きくなったら落ちるなんて…なんだか哀しいってば……」
………。
小さな声で、ぽつぽつと喋るナルト。
いつもよりそれは小さく見えて…。
無意識になんだろう、俺に寄りかかるナルトの頭をなぜ、溜息。
「くそめんどくせーな」
俺の言葉に顔を上げるナルトを横目で見ながら、俺はまたナルトの手を冷やす。
「…あれはそうかもしんねえけどさ…俺達は違うだろうが」
……くそっ、くそはずかしいこといわせんな。
ナルトの顔を見れないで、ただ流れる水を見ながら手を冷やすことに専念する。
そんな俺の横で、ナルトの笑い声。
「…俺達は、落ちない?」
いつもの調子の戻った声。…あぁ、憎たらしいが、こっちのほうがあってる。
「……まあな」
少々ぶっきらぼうにいうと、ナルトは笑いながら俺から離れた。自然、掴んでいた手も離れる。
「シカマルってば恥かしい奴〜」
なっ…うるせぇ!
視線を向け、そう怒鳴ろうと思ったが、それは不可能に終わった。
ナルトの真っ直ぐな笑顔。花火よりキラキラしたその笑顔に、不覚にも言葉が消えちまってた。
そんな俺の前で、ナルトくるっと踵を返す。
「俺そろそろ帰るってば、また一緒に花火しような、シカマル」
そう言うと、ナルトはそのまま公園を出て行く。
遠くなったナルトの背中…後に残るのは俺と、花火の残骸と…ナルトの笑顔。
「くそめんどくせー」
呟き、水を止めると花火の残骸を片付ける。
わかってんだよなぁ。
面倒くさくなんかない。
あいつといると心がざわざわ落ち付かなくって…でもそれは、面倒なんて部類のものじゃないんだってことぐらい、
また…花火するかな。
「線香花火は…1番最初だな、今度は」
呟いた自分の言葉に、なんだか笑いが零れ落ちた。
これから暑くなる…夏の最初に起きた出来事。
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