ポトリ…ポトリ…… アカイ水…暖かくてアマイミズ。 頬を…首を…鎖骨を…右腕を…脇腹を……。 クスクスクスクス 笑声……。 アマイネ…キモチイイネ……? 好きでしょ…早く思い出して? 君はボクの眷属。 闇の子供……。 一緒に…夢を見ようよ。 悲痛な叫びは子守唄。 嘆く涙は咽を潤すよ。 クスクスクスクスクスクス 早く…早く戻っておいで? ボクの可愛い……キツネの仔……。 |
「……っ!!」
………思わず飛び起きる。……静かな俺の部屋。
……何だよ…今の夢……。
髪をかき上げる…額には汗がびっしり貼り付いていて。
まだ…夜。
眠る気にもなれなくって…ベットから降り洗面所へ。
電気をつけて…鏡の前に立ち顔を見る。
「……すげえ顔…」
零れ落ちるのは苦笑。笑えるぐらいの必死の表情貼りつけてて。
…身体が…震えてる。
あぁ…怖かったんだな…。
ぼんやり考え、可笑しくなった。
独りの時に…恐いとか思ったのは酷く久しぶり。
……駄目だ。
首を振る。
恐いって自覚したらいられなくなる。
闇が…独りが…この空間が……。
「……平気だってばよ…俺…。な、大丈夫だってば」
鏡の中で独り震えてる【ウズマキナルト】に笑いかけてみる。
あぁ……上手くいかない……。
恐い…恐いよ……闇が…聞こえてきそうな夢の続きが。
流されるな……耳を貸すな……。
大丈夫…俺は強い。
誰にも負けない…闇にも…俺の中にいるアイツにも……。
大丈夫……だいじょ……
「なぁ…この頃さ、アイツ元気なくね?」
キバが突然そんな事を言いだした。俺とヒナタはキバの方を見遣り、続く言葉を待つ。
俺たちの視線にキバは少し怯み…そして懐から膝へと移動した赤丸の頭を撫ぜる。
「何となく…そう思うんだけどよ……」
理由は上手く説明できない、そう言ったところか。
俺はキバから視線を外し、空を見上げた。
あいつと同じ青い色をした空……確かに、それは俺達も気がついていた。
笑顔が…少し辛そうに見える……。
だからと言って俺たちにその内容を話そうとはしないだろう。あの金色を纏った子供は時々酷く臆病になる。
手を…差し伸べてやるべきなのか……。
視線を下げヒナタのほうへ視線をやると、ヒナタも心配げに空を見上げていた。
思う事は…同じなんだろう。
救いを求めぬ金色の子供。
俺たちは酷くまだ臆病で…そんな時に効果的に手を差し伸べる術をまだ持っていない。
だからと言って放っておくほど大人にもなりきれない。
力の無さを…痛感する瞬間。
「笑って…欲しいよなぁ……」
ポツリと呟くキバの言葉。
…それは…俺達も同感だった。
「じっとしてても…仕方ねえよな……」
またキバの言葉。
「うん……」
小さな声で、ヒナタがかえしている。
だが…誰も動かなかった…。いや、動けなかった。
キバの強引さで引っ張っても…ヒナタが側にいても…あいつが笑ってくれるか…それが不安なんだろう。
…優しい風が…吹いている。
「ちょ……シノ?」
立ちあがった俺に、驚いたようなキバの声。降り返らずに、あの場所ヘ向かう。
恐れていては何も始まらない。…大事なあの金色の輝きを失ってしまうのが恐いのは、皆同じだろう。
そのまま足を進める俺の背後から、キバの溜息。
「…今日はお前に譲ってやらぁ。感謝しとけ」
「…シノ…くん…」
僅かに視線を向けると2人の笑顔。
柔かな…笑み。
口端がわずかに上がったのが自分でもわかる。
返事を返さなくても、あの2人にはきちんと通じるだろう。
そのまま…俺はあの場所ヘ…森の奥へと向かった。
静かな森、いつもは心地良く感じるのだが、今日はその雰囲気が重苦しく身体に圧し掛かる。
あいつは今日もいるだろうか……。
この静かな森に独りきりで……。
俺達をまってそこにいるのではないと、初めてあの場所で見た時からわかっていた。
日の当たらぬ森…その奥にある日の差しこむ場所。
鳥の鳴き声、穏かな風の流れ、時折、姿を見せる小動物。
総てが調和し、同じに独自を誇れる場所。
…だからこそ…あいつはあの場所にいるんだろう。
自身が溶け込み…そして存在を確かめる事の出来るあの孤独の場所に。
あの場所に近付くほどに空気が変わって行くのがわかる。
穏かで…哀しい空気。
あぁ…いるんだろう。
その中で光を浴びながら、笑みを浮かべてそこに。
光のある場所…その中で、一際輝く金色。
笑みを浮かべ、遠くを見つめ…鳥や風の唄を聞き…。
穏かで…哀しい空気を纏った金色。
その笑顔を、綺麗だと思った。その雰囲気を、壊すのが少し躊躇われた。
それでも…俺たちの…俺の好きな笑顔は別にある。
「……よぉ」
俺の気配を察したのか、不意にかけられた声。
それだけで、調和された近付きがたい空気は弾け飛ぶ。
「そろそろくると思ってた」
言って笑うナルト…一瞬だけくしゃっと歪んだ笑みを浮かべて。
泣きそうな顔に見えたのは俺の気のせいではないんだろう。…それでも俺にはかける言葉なんてない。
ナルトの隣に座り、風を感じる。
飛び交う蝶…蟲。花に舞い降りる音すら聞こえてきそうな静かな場所。
風が…俺の頬を…身体を…ナルトの髪を撫でる。
静かに流れる時も今は音を立てているんだろう。
光も…風も…時も…総てが音を立てる中、俺達は無言。
ヒナタは…この金色にとっての光になりたいと言っていた。
暖かく…柔かな日の光に。
その暖かさで…少しでも身体を…この金色の中の何かを暖める事が出来ればいいと。
キバは…風になりたいと言っていた。
少しでも楽に息が出来るように…そして苦しさを吹き飛ばす事が出来るように。
そして…背中を押してやれるだけの力強い風になれればいいと。
では…俺は?
…大樹になれればいい。
疲れた時に寄りかかれる大樹に。
この金色に当たる何かが強い時に少しでもそれを覆ってやれる大樹に。
闇の中で…目印になれる大樹に。
不意に、ナルトが溜息をついた。
「…あんまり俺を…甘やかすなよな」
困ったような…それでいてどこか切羽詰ったような声。
甘やかしているつもりなんかなかった…言葉には出さず、次の言葉を待つ。
ほら…口に出さなくともこの子は俺の言葉を理解してくれる。
「甘やかしてるだろ……駄目なんだ…」
何が駄目なのか、俺には理解できなかった。
視線をナルトヘ向ける。
ナルトは再度溜息をつきながら瞳を伏せる。
…青空が…翳った。
「…夢…見るんだよな……」
とても怖い夢を見るのだと…独りが無性に恐くなるのだと、ナルトは静かな口調で語る。
「俺さ…独りって平気だったの。当たり前の事だしさ……でも今は怖いんだ」
情けないだろ?…言いながら歪んだ笑みを浮かべ俺に同意を求めるナルト。
情けないことはない。…誰でも感じる感情の筈だから。
首を振る俺の目の前で、ナルトは苦笑し…そして俯く。
「恐いんだ……負けちまいそうで…独りのときは感じなかったのに…お前らに甘えて…依存してる俺が恐い…どんどん…弱くなる…」
そのまま膝を組み、小さく震えるナルト…このとき俺は初めて…ナルトが本当は小さいんだと…理解した。
独りじゃない。俺達がいる。
それは弱さじゃない…それを弱さというのなら…俺達はもっと弱い。
大丈夫…。
小さく蹲ったナルトの頭に手を乗せる。柔らかい金色の髪に手を埋め、そのまま撫ぜる。
大丈夫だ…それは甘えなんかじゃないから。
そう言う言葉で…どうか俺達を遠ざけないでくれ。
上手く口に出せない感情と思いを込めて、ナルトの頭を撫ぜる。
「………」
俯いていたナルトが僅かに身じろいだ。
「…うん……悪かった」
そう…たった一言だけ。
あぁ…だから俺はこの金色に惹かれているんだろう。
真っ直ぐな心で…温かい空気をくれるこの子に。
上手く伝えられない思いを…受け取ってくれる金色の空気を纏ったナルトに。
「怖い夢を見るのは…良い事だそうだ」
俺の言葉にナルトは顔を上げる。
「恐ければ恐いほど…目が覚めた後にくる…例えどんなに些細な幸せでも大事に感じられるから……」
…亡くなった祖母の言葉。
様々な前に進む方法を教えてくれた俺の尊敬する祖母が、怖い夢を見て震えていた俺に言ってくれた言葉。
…ただのその場凌ぎの慰めにしか受け取れないかもしれないが…それでも…少しでも心の向きを変えれればいいと……。
ナルトは目を見開き俺の言葉を聞き……そして泣き出しそうな笑みを浮かべた。
「……ん……そうだな……」
怖い夢を見たら俺を…俺達を思い出してくれればいいと思う。
俺達はお前を裏切らない…お前を独りにはさせない。
「シノ……肩かしてくれね?」
答える前に、肩に寄り掛かり目を閉じるナルト。
「……ありがとう」
そのまま眠りにつくナルトが一瞬見せた表情……。
あぁ…ようやくその笑顔を見れたな。
静かな空間。静かな時。
再び訪れる…けれど始めとは明らかに違う空気を纏った静寂。
再びナルトが怖い夢を見ませんように……。
ナルトの寝顔を見ながら俺は…そう願わずにはいられなかった。
もうだいじょうぶ。
1度無くした強さと、その代わりに得た弱さは…もっと大きな強さに変換できるから。
大丈夫…俺は強い。
強さを得ようと…断ち切ろうとした繋がりによって俺はもっと強くなれたから。
だから……。
ありがとう。