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その肉は厚さが6センチもあった。
ナイフを当てると熱い血がにじみ出てきそうなステーキをのせた皿には、パセリと新鮮なライムのスライスがそえられ、舌にのせるととろけるようなマッシュド・ポテトにまわりを取り囲ませつつ、そのうえちょっと生焼けの新鮮なマッシュルームの厚切りをつけあわせにしたものがのっていた。ブランクド・ポーターハウス・ステーキというこの地方の名物料理である。
ゴクッ……
セイル・プレーンの白い喉がヨダレを飲み込んだ。ライムをスライスする手が止まり、視線が暖かな湯気を立てる肉塊に釘付けになっている。
時刻は夕刻遅く。
料理部屋はランタンで照らされ何人もの女たちが忙しく立ち働いている。食材を右から左に運ぶもの、皿を並べるもの、美味しそうに見えるように盛りつけをするもの、ワインをグラスに注ぐもの、それぞれが自分の役目を果たしていた。
「そこ、手が止まってるよ」
いきなりセイルの頭が叩かれた。
叩いたのはセイルの直接の上司であるシーラという女性神官で、栄光と神の愛に満ちた復讐神殿の斥候隊長を務める鉄火肌の姉御である。
「そのステーキはアクリアル様のものだ。手を出したら承知しないからね。さあ、ちゃっちゃっとライムをスライスするんだよ、バカ娘」
バカ娘といわれたセイルの額に血管が浮き、ヒクヒクと口元が震えていた。もともと気が短い上に腹ぺこで苛立っていたのだ。
「おや、なにか不服かい。バカ娘」
よせばいいのにシーラはセイルを挑発する。持っていたフライパンでセイルの頭をグリグリとこづく。
「こ、殺すぞっ! きさまぁ!」
セイルはライムを放り投げ、スライス用のナイフを振り上げた。
騒がしかった厨房が途端に静かになり、次の瞬間、居合わせたものが一様にため息をつく。
「またセイルか」
ため息に混じってそんな声が漏れ聞こえてくる。
「ま、またってなんだよ」
ナイフを振り上げたままセイルが抗議する。
「あんたって、ことあるごとにキレて、暴れるだけ暴れて、そのあげくおしおきされて泣きわめくってことで有名なのよ、知らなかったの? バカ娘」
シーラの真実70%、悪意30%のセリフにセイルがまたキレた。
「バカバカいうなー!」
シーラに向かってナイフを振り下ろす。
「まったくもってバカ娘よね、未熟な入信者のくせに『聖なる復讐の乙女の侍祭』に手をあげるなんて、キツーイおしおきは覚悟の上なのよね?」
そういって、セイルのナイフを軽々とフライパンで弾いた。
「ちくしょう!」
「はいはい、神殿でそんな汚い言葉ははかないの」
シーラは無造作にセイルに近寄るとフライパンで頭を叩いた。セイルの目から火花が飛び散り、耳鳴りがやかましくシャウトする。
「こ、この……」
セイルはフラフラと千鳥足のステップを踏みながらシーラの脇腹を回し蹴りで蹴ろうとした。しかし、そんな攻撃が百戦錬磨のシーラに通じるわけもなく、軸足を払われてしまう。その時、嫌というほど頭が床に激突した。
「あらあら、ただでさえバカなのにもっとバカ娘になっちゃうじゃない、しっかりしなさいよ!」
誰かが彼女を抱き起こしているが、セイルの意識はすでに暗黒の世界に落ち込んでいた。
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