奇跡 〜君への憧れより〜

 マンションのドアを閉めて、城之内はバスルームの方へ足を向けた。

「一緒に入るか?」
「……遠慮しとく」

 裏遊戯は、苦笑を浮かべて言い、城之内もそれに答えるように笑った。

「でも、君はちゃんと風呂に浸かった方が良いぜ。そのままじゃ、本当に風邪を引く」
「ああ」
 言いながら、城之内は着ていた服を脱ぎ始めた。
「……っ!」

 思わず赤面しながら、裏遊戯はリビングの方へ向かった。
 家具や調度は、すべて海馬が用意したものである。
 もっとも、このマンション自体が、海馬の持ち物であるのだが。

 冷蔵庫から、缶ビールを取り出して、プルトップを引く。
 そのまま、ソファに腰掛けて、テレビをつけた。






「あっちぃ……」
 城之内は、バスタオルで髪を拭きながら、出て来てビールを飲んでいる裏遊戯に苦笑した。
「オレにもくれよ、ビール」
「……冷蔵庫にあるぜ」
「じゃなくてよ」

 裏遊戯の隣に腰掛けて、その肩を抱き寄せる。
 上半身は裸のままで、火照った城之内の身体を直接感じて、裏遊戯は、少しだけ赤くなった。

「我侭だな。君は……」

 裏遊戯は、苦笑を浮かべて、ビールを口につけた。
 と、城之内が透かさず、その唇に口付ける。
 琥珀の液体は、裏遊戯から城之内の中へと注がれ、城之内はニッコリ笑った。

「美味いな」
「そうか?」
「もっと、くれよ?」
「……馬鹿」

 裏遊戯は、ビールの缶を城之内に押し付けて、立ち上がった。
「何だよ?」
「……」

 裏遊戯は、その問いに答えずに、さっさとバスルームの方に向かって行く。
「飲みすぎて眠っても、起こさないぜ」
 裏遊戯は、そう一言告げて、バスルームへと消えた。
「……」
 城之内は苦笑を浮かべて、缶ビールの中身を飲み干した。






 軽くシャワーを浴びて出て来た裏遊戯は、ソファの上で寝転んでいる、城之内に呆れたように嘆息した。
「城之内くん」
 声をかけるが、城之内は答えない。
「こんなところで眠ったら、せっかく風呂に入ったのも意味がない。風邪を引く」
「……う、ん」
 軽く肩を揺すると、城之内はそう言って、首を動かした。

 一瞬、心臓が高鳴った。

 自分でも驚くほどに――
「克也……」

 そっと、裏遊戯は城之内の上に覆い被さった。
 その唇に自分の唇を重ねて――
 と、いきなり抱き締められて、裏遊戯は目を見開いた。

「じょうの……っ!」
「寝込みを襲うってのは……どうしたんだ? 裏遊戯?」
 愉悦を含んだ口調で、城之内が言う。
「……寝た振りしてたな?」
「さぁね?」
 城之内は、誤魔化すように言って、裏遊戯に口付けた。
「んん……」

 唇を割って舌を挿し込み、裏遊戯のそれと搦め合う。
 深く、貪る様に、城之内は裏遊戯の唇と舌を堪能した。
「……ぁ…ふ……っ」
「裏遊戯……」

 自分の上にいる裏遊戯の首筋に、唇を寄せ舌を這わせる。
 そうして、まだソファの前で膝をついていた裏遊戯を自分の上に引き上げた。
「城之内……くん?」
「何だ?」
「どうして、オレが上なんだ?」
「……くくっ……聞くなよ、んなこと」
 軽く笑いながら城之内は、唇を首から胸へと移動させた。
「あぁ……」
 胸の突起を咥えて軽く吸うと、裏遊戯の身体がしなる様に動き、喘ぐように鳴いた。
「良い声だな……」
「……っ!」
「もっと、聞かせてくれ」
「……ホントに……君は馬鹿だ」
「……うるせ……」
 右手で裏遊戯の中心に手を触れて、
「そういや、昼間……途中だったよな?」
「……んん……あの…時は……あぅ……」
「あの時は?」
 ゆっくりと扱き始めると、裏遊戯は身体を仰け反らせた。
「……君に、ムカツいたから……」
「じゃあ、お詫びしなきゃな……」
 城之内は、すっと身体を起こして、裏遊戯を逆に押し倒した。
 そうして、自分が触れていた中心に、唇を寄せる。
「……っ!?」
 そっと舌先で触れて、軽く舐めると、裏遊戯は弾かれたように、身を捩った。
「どうした?」
「……今……何を……?」
「……したことなかったな。そういや……」

 城之内は、軽く笑って、そのままそれを口に咥えた。
 生暖かく柔らかな感触に、裏遊戯はさらに驚いて、身体を起こした。
「城之内……くんっ? ……そ、や……」
「悦くねえか?」
「あぅん……あ…」
「イイだろ? 裏遊戯……」





 城之内の言葉が、どこか遠くで聞こえている。
 裏遊戯は、激しく身を捩って、思わず城之内の髪を掴んでいた。
「あぁ……んん……や、あぅ……」
 裏遊戯の身体が、微かに震えて、城之内の口内で達してしまった。




 力なく横たわる裏遊戯の頬を軽く撫でて、城之内は覚醒を促した。
 ボーっとしていた裏遊戯の、目の焦点が合い、ハッとしたように、身体を起こした。
「城之内くん……オレ……」
 赤面したまま、裏遊戯は言葉につまり、顔を伏せてしまう。
 城之内は、軽く笑って、問い掛けた。
「良くなかったか?」
 微かに首を横に振る裏遊戯に、満足そうに微笑み、そっと抱き寄せた。
「言っただろ? 詫びだって……中途半端に放り出したからな」
「……ばか……」
「だから、馬鹿馬鹿連呼するなって……」
 城之内は、裏遊戯の唇を塞いで、囁いた。
「良いか?」
「……聞かなくても良いって前に言ったと思うが?」
「……聞きたいんだよ、オレが……」

 苦笑を浮かべて、城之内は裏遊戯の胸に口付けた。
 一度達した裏遊戯の身体は、容易に城之内の指を受け入れる。
「あ……んん」
 艶めいた裏遊戯の声に、城之内はさらに煽られるように指を増やして、その中を掻き回した。
「あ……あああっ! 克……也……あぅ……ん」
「どうした? 裏遊戯?」
「……あっ……んん……」
「どうして欲しいか言ってみろよ?」
「なっ!? ……あ…ぅ……ぁ」
「聞かせてくれ……裏遊戯……今の、お前の気持ち……」
「……しい……」
「何だって? 良く聞こえねえ」
「……君が……欲しい……」
「……了解……だ」
 城之内は、その顔に笑みを載せて、ゆっくりと腰を動かした。
 自分自身を、裏遊戯の最奥にあてがい、ゆっくりと挿し入れる。
「ああっ!! 克…也…」
「……っ…裏遊戯……っ」






 何よりも大切な存在を、全身に感じて、二人は同時に達していた。











「腹減ったなー」

 しばらくして、呟いた城之内に、裏遊戯は慌てたように身体を起こした。
「食事してないのか?」
「……んー……まあな」

 勢いつけて、起き上がり、城之内は裏遊戯を見返った。
「お前は飯食って来たんだろ?」
「……あ、ああ……」
「ホントにすっぽかすつもりだったんだな?」
「……君は来ないと思ってたから……」
 顔を伏せて言う裏遊戯に、城之内は軽く笑った。
「オレは、お前は来るって思ってたけどな」
「……何故だ?」
「……」

 城之内は、立ち上がり服を身につけながら、ソファに座ったまま、自分を見上げている裏遊戯に視線を向けた。
「……お前、優しいからさ」
「……っ!!」

 裏遊戯は、驚いたように目を見開き、そのまま顔を伏せた。
「……オレは……優しくなんかない……」
「そうかぁ? じゃあ、何で来たんだよ?」
「……雨、降ったから……」
「本気でオレのことどうでも良いって思ってたら、雨が降ろうが雪が降ろうが、来てねえよ」
「オレが君を想ってると、自信があったのか?」
「……自信? んなもんある訳ねえだろ?」
「城之内くん?」
「……お前を信じてた。どんな約束も、破らないお前を……」
「……っ!!」
「飯食ってても、雨降らなくても、お前は来たよ。今日が終わる前にはな」
「……そんなに信じて……もし、オレが行かなかったら……」
「……そん時は、振られたってことだろ? 諦めるしか……」
「――簡単に諦められるんだな」

 少し、悲しげに裏遊戯が言い、城之内はキッとして視線を向けた。

「……簡単じゃねえよ!」
 一際大きくなった声に、裏遊戯は思わず首を竦めた。
「あ、悪い……でも、お前にその気ねえのに、迫ってもよー……惨めなだけじゃん」
「……城之内くん」
「まあ、もう良いじゃんか? お前は来てくれたし、まだ、オレのこと好きでいてくれてるしな」

 城之内の言葉に、裏遊戯は顔を伏せて、その手に触れた。
「?」
 キョトンとする城之内の腕を、強く引っ張って、その胸に抱きついた。



「いつからだろう……? こんなに君を好きだと想うようになったのは……?」
「……裏遊戯?」
 弾みをつけて、裏遊戯は立ち上がり、城之内の唇に口付けた。
 触れるだけで、すぐに離れて、裏遊戯は手早く身支度を整える。
「行こうぜ、城之内くん。食事しに……」
「……あ、ああ」
 唇に手を触れて、城之内は泣きたいような、気持ちになってしまっていた。







 誰よりも愛しいと想う存在が。
 自分に、同じ想いを返してくれることの奇跡を。

 城之内は、深々と噛み締めていた。





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