無題 第2部 1
(1)
タクシーを使って家に帰り、気力を振り絞って自分の部屋へ辿り着くと、アキラはそこへばったりと
倒れ込んだ。
家に帰りつくまで、両親がいない事を忘れていた。
誰もいない真っ暗な家についてはじめて、誰もいない事に気付き、アキラは絶望的な気分になった。
それでも、今日ここに両親がいないのは良かったのだろう、と理性では思う。心身ともにぼろぼろの
自分を、何と説明したら良いのかわからないし、優しい母を心配させたくはなかったから。
けれどやはり、誰もいないことが不安で、寂しくて、心細かった。
誰かに、そばにいて、安心させて欲しいと、心底思った。
けれどそんな人は誰もいない。
今までだったら―尤もこんな不安な気持ちになった事は今までにほとんどないけれど―父の門下
生でもアキラと親しい人物が頭に浮かんだかもしれない。けれど今日、アキラを打ちのめしている
のは他でもない彼なのだ。
―芦原さん…
もう一人の人物が頭に浮かんだ。彼に頼ろうか。
けれど、もう一方で、本当に彼が信用できるのだろうか、という疑いが頭の隅をかすめる。
―あの人だって…あんな事をする人だなんて思わなかったのに…
一旦失われた信頼は、他の人への信頼も危うくさせた。
それに、芦原にだって自分のこの状態をどう説明すれば良いのかわからない。
床に倒れ伏した状態で、薄れようとする意識を必死で繋ぎ止めようとする。
―このままじゃ駄目だ。着替えて、布団をしいて、それから…
必死の思いで上着だけ脱いで、掛け布団を引っ張り出してそれからアキラは意識を失った。
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