通過儀礼 自覚 1


(1)
少年はランドセルを背負ったまま、通学路とは違う方向へ息を切らしながら走る。この年
代の子どもなら下校途中に道草をしたりするのは当然なのに、少年はただまっすぐ目的地
を目指していた。
「こんちはっ!」
目的地である囲碁教室に着いた少年は、戸を思い切り開けて挨拶をした。
「おぉ〜、加賀君。こんにちは」
中からちょっと細めの中年の男性がでてくる。
「先生、始まるまで打ってていいだろ」
加賀はそう言ってランドセルをおろすと教室に入ろうとした。
「あぁ、加賀君。今日は塔矢君ももう来ているんだ。一局お願いしてみたらどうだね」
塔矢と言う名前を聞いて加賀は固まった。なぜなら急いで囲碁教室に来たのはアキラに勝
つ練習のためだったからだ。それなのに自分よりも先に来ていると聞いただけで負けた気
がしてならない。加賀は返事もせず苛立ちながら教室の扉を開けた。
小さな教室の隅でアキラは一人黙々と碁を打っていた。集中しているのか、加賀が来たこ
とに気づかない。加賀はその態度にさらに苛立ちを感じ、邪魔したくなった。そっと足を
忍ばせながら後ろにまわりこむ。そして加賀はアキラの腰を思い切りくすぐった。
「きゃんっ! あはは、やだー! やめてよぉ」
まるでイキのいい魚のように体をビクつかせながら、アキラは加賀の手を振り払った。
「もうっ、なにするの!」
アキラは椅子からおりると加賀を睨みあげた。突然くすぐられた怒りでじっと睨んでくる
アキラを加賀はざまぁみろとからかおうとした。だが目を潤ませながら睨むアキラを目の
当たりにして照れてしまった加賀は何も言えなかった。



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