Cry for the moon 1
(1)
俺は天に輝く月に焦がれた。
決して手が届かないとわかっていたのに――――
初めてのキスは中学一年生のとき。
夏の盛りの理科室。
相手は同級生の男だった。
* * * * *
地下にあって、近寄りがたい雰囲気がある碁会所。
でも俺はここが気に入っていた。このちょっと陰気な感じがかえって落ち着く。
けど今日は居心地の悪さを感じた。
「いや、しかし修さん。この間の本因坊戦はすごかったよね」
「そうそう、あの子、進藤くん。本因坊のタイトルとったよネ」
最近、碁会所はこの話題で持ちきりだ。きっとどこもそうなんだろう。
俺は聞きたくなくて散らかしていた教科書を片付け、立ち上がった。
「オヤ、三谷くん、もう帰るのかい?」
おじさんに呼ばれて俺は振り向く。
「バイトあるから」
「居酒屋で働いているんだって? コンビニとかのほうが良かったんじゃないかネ」
「時給いいから」
からんでくる酔っ払いや、ケツを撫で回すオヤジには正直うんざりしてるけど。
「学校の勉強もあるんだろう? 大丈夫なのかい?」
「だからここでやってるんだ。家だとやる気しないし」
おじさんは時々、心配性になる。親じゃないんだからそういうことはほっといてほしい。
出るとき、テーブルの上に開いたまま置かれていた囲碁雑誌に目がいった。
『進藤ヒカル三段、桑原本因坊からタイトル奪取!』
大きな見出しがイヤでも目に入る。
「ふん」
鼻を鳴らすと、俺は外に出た。蒸し暑い夏の空気に、一気に汗が吹き出てきた。
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