月下の兎 1
(1)
暗い倉庫の間の小道を走り抜けながらヒカルは声を発した。
「塔矢!ついてきているか!?」
返事は、なかった。
「塔矢!?」
振り向いてみたが、てっきり自分のすぐ後ろからついて走っているものと思っていた
アキラの姿がそこにはなかった。
ヒカルの下腹部がズシッと重く軋む。迷路のように入り組んだ倉庫の間を進む間に
アキラとはぐれてしまったのだ。
大声を出してアキラを呼ぶ事は出来なかった。
まだあいつらが近くにいるかもしれないのだ。
ヒカルは後悔した。アキラを誘うんじゃなかった。
「お月さんがキレイだから少し遠回りをして帰ろう。」
手合いの後、検討会に熱中して帰りが遅くなった。
棋院会館の玄関でばったりアキラに出くわした。
ここのところヒカルは高段者に対して勝ちが続いて居た。
はっきり言って浮かれていたのだ。
アキラもそんなヒカルの心境に合わせるように嬉しそうに微笑んで頷いた。
港に向かうバスに乗り、終点で降りた。バスの乗客は自分達の他に居なかった。
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