heat capacity2 1


(1)
ゆったりとした空間の浴室に勢い良く流れる水の音だけが響く。
俺は塔矢の家に来て真っ先に風呂に入った。
塔矢も一緒に入ればいいのに、そう言ったら、凄い目で俺を睨み付けた。あれって恥ずかしいのを誤魔化してるだけなんだよな。やる事やり始めたら人格変わる癖に。
あいついっつもそういう自分をひた隠しにするんだけどさ、解らない訳無いじゃん。俺、塔矢が思ってる程あいつの事に無関心じゃ無いんだから。
塔矢は知らないんだ。俺が塔矢を失ってしまう事をどれだけ怯えてるのか。俺がどれだけ塔矢を必要としているかなんて、絶対解る訳無い。
あいつは自分の一人車だって、さも自分がいつも追い詰められたような顏してるけどさ。冗談じゃねぇよ、いっつもギリギリの崖っぷちにいるのはこっちの方だ。
浴槽に浸かった瞬間には心地良かったはずの肩の高さまで張られたお湯は、時間が経つにつれ、俺の胸を圧迫するような、嫌な感じしかしなくなった。
伸び過ぎた前髪から雫がぽたりと落ちて、水面に静かな波紋を広げる。
静寂が耳に痛かった。

下着だけはコンビニで買ってきて、あとは塔矢に借りようと思っていたら、塔矢は浴衣を出してきた。つくづく感覚の違いを思い知らされる。まぁどうせ泊まりになるんだろうから、旅館の気分と思って着てみてもいいかと思った。
生成り地のこざっぱりとしたその浴衣は、袖を通してみると思っていたよりもしっくりと肌に馴染んだ。
洗ってからきっちりとアイロンを掛けていたんだろう、もしかしたら糊付もされてるのかも知れないその浴衣は何となく塔矢家の家風を漂わせている気がする。
清廉で、真直ぐな清々しさっていうのか。俺が塔矢家に感じる印象はそういうのだ。
意外だったのは、『家』は古い日本家屋を思わせるのに、『家庭』は割合前衛的な物の考え方で、早くも息子を自活させていたりする所。放任主義なようでベタベタに甘いうちの両親と対照的といえば対照的だ。
この家に初めて来た時はその厳めしい佇まいにほんの少し居心地の悪さを感じたけど、慣れると新鮮な感じがして好きになった。庭から漂ってくる草木や土の匂いも、好きだった。
シャワーがないのにはかなり驚いた。特に誰も言い出さなかったから、つける必要性を感じなかったとか。らしいっちゃ、らしいかな。質実剛健、塔矢ん家ってこんな表現が似合う気がする。
慣れない浴衣の帯は何度か直して、やっとなんとなくそれらしくなった。



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