平安幻想秘聞録・第二章 1
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墨と筆で書かれた達筆な字を見ながら、ヒカルは頭が痛くなりそうに
なった。墨色も鮮やかに書かれているのは、自分がいた時代と今の時代
との人物相関図だった。姓と名が一致しているのは佐為だけで、賀茂明
を筆頭に、和谷は助秀、伊角は輔信と、名字か名前のどちらかが変わっ
ている。
「これ、全部覚えるのは大変だよな」
元々ヒカルは他人の顔と名前を覚えるのは苦手なのだ。
「別に無理して覚える必要はないよ。顔を合わせることもないだろうし、
まだ体力の戻ってない、君の身体の方が心配だ」
そう答えたのは、この相関図を作ってくれた賀茂明本人だ。顔を合わ
せないと言ったのは、ヒカルがそう頼んだからだった。
「オレのことは近衛の知り合いには言わないで欲しいんだ」
ヒカルが無事、本来自分がいるべき世界に帰れたら、その人たちは再
び近衛光を失うことになる。どんなに似ていても、自分は光ではない。
例え一時でも光の振りをすることもできない。
「分かった。そうするよ」
君はそんなことは気にしなくてもいいから、帰れる方法も文献を当た
って探してるところだと、そのとき明は答えた。
「へへっ、サンキュ」
「その『さんきゅ』というのはどういう意味なんだい?」
「あっ、そっか。英語だもんな」
「英語?」
「日本じゃない国の言葉なんだよ。意味は、えーと『ありがとう』かな」
照れくささからぶっきらぼうに答えるヒカルに、明は思わず笑みを浮
かべる。こんなときの表情や言葉遣いも近衛光にそっくりだ。
「君の口から飛び出す話はどれも興味深いものばかりだな」
優しい表情を浮かべる明に、ヒカルはもう一人のアキラを思い出す。
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