平安幻想秘聞録・第三章 1
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それから数日は、取り立てて何もない日が続いた。
あの夜の目的であった、藤原行洋との会見も、先送りになったままだ。
行洋が忙しい身であることに加えて、義理の息子である佐為自身の大事
ならともかく、行洋にとってはヒカルのことは二の次、三の次なのだ。
明は純粋にヒカルを気にしてくれているらしいが、彼もまた乱れる都
を守る責務があり、そうそう佐為の屋敷に足を運ぶこともままならない。
つまり、何の進展もない代わりに、慌てふためくような事件もなく、
ヒカルの周りは平穏だった。
あえて言うなら、佐為の危惧した通り、東宮の使いが屋敷へと訪れて
いた。もちろん、表向きは今で言う警察長官、検非違使別当からの使い
になってはいるが、やんごとなきあたりからの意図なり圧力なりが働い
ているのは疑いようもない。
ただ、しつこく食い下がったその使者も、佐為にやんわりと一蹴され
て以来、姿を見せていない。
「これで諦めてくれたのなら、いいのですけれど。しばらくは、用心し
ましょう」
その佐為は、今日はどこかの貴族の宴に呼ばれているらしく、日が落
ちる前に出かけている。皮肉なことに、帝の囲碁指南役となってからと
いうもの、このような華やかな席への誘いが増えているそうだ。
傍系とはいえ藤原氏、しかも帝の覚えもめでたく、美麗な容姿の佐為
を貴族たちはこぞって招きたがっている。
ヒカルたちプロ棋士も、対局の他に、囲碁の普及のためのイベントや
指導碁に駆り出されたり、囲碁とは全く関係のない後援会やスポンサー
の開く席に顔を出さなくてはならないこともある。が、佐為たちにとっ
て有力貴族との関わりはもっとシビアだろう。佐為には藤原行洋という
後ろ盾がいるからいいものの、その彼だって、周り中を敵に回してまで
佐為を保護してくれるか分からない。
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