平安幻想秘聞録・第四章 1
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内裏に女房として勤めるあかりには、毎晩欠かさず行うことがある。
それは、幼馴染みの近衛光の無事を四神に祈ることだ。
検非違使である光の行方知れずになって一年と半年。一度も欠かした
ことはない。どんなに体調が悪いときでも、必ずその日の良い方角に向
けて光の一日でも早い帰還を祈った。
名のない下賤な少女を助けるために自分の身を犠牲にするなど愚かな
ことと、陰口を叩く者もいたが、あかりはそうは思わなかった。むしろ
それは優しく正義感の強い光らしい行いだと思えた。もしも、その少女
を見捨てることになったら、光にとってはその方が辛い。何を綺麗事を
と言われても、それがあかりの知る近衛光だ。
「あかりの君、私よ、入ってもいいかしら?」
「奈瀬の君?えぇ、どうぞ」
同僚で仲の良い友達でもある奈瀬が、こんな朝早くからあかりの私室
にやって来るのは珍しい。何かあったのだろうか。
「失礼するわね」
「どうかしたの?奈瀬の君」
あかりの前に座した奈瀬は、どこか落ち着きがなく、逸る気持ちを抑
えているようにも見えた。
「あかりの君は、以前私たちと囲碁対局をした東宮様お着きの女房を覚
えているかしら?」
「えぇ。日高の君でしょ?」
もう遠い昔のような気もするが、あかり、奈瀬、それに歌人としても
名高い金子の君の助太刀をして貰い、囲碁勝負で日高たちと相見えた。
佐為にみっちり特訓をして貰ったお陰で勝負自体はあかりたちが勝ちを
納めたが、それで相手の態度が変わったかと言えばそうでもなかった。
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