sai包囲網・中一の夏編 1
(1)
その日、囲碁サロンにやって来た広瀬さんから、ネットカフェで進藤
を見かけたと聞いた途端、ボクは店を飛び出していた。逸る気持ちを抑
えきれず、少しでも早く着けるようにと電車の乗車口近くに立つ。ふと、
ガラスに映った顔は、期待からか頬がいつもより上気し、眼もぎらぎら
としていて、自分ではないように思えた。
もし、進藤がsaiだったら・・・何度も繰り返した「if」をもう
一度呟いてみる。
指導碁めいた出会いの一局、完膚無きまでに叩きのめされた二度目の
対局。自分が相手ではないのが惜しいと、心から思った、美しい一局。
そして、あの三度目の、囲碁大会での進藤のあまりにも初心者然とした
打ち方・・・いや、彼は初心者だったんだ。初めて対局したときでさえ、
たどたどしい手つきで石を置いていた。なのに、それを裏切るかのよう
な、練達な打ち筋を見せつけた。いったいどちらが本当のキミなんだ。
進藤。キミにはあまりにも謎が多過ぎる・・・。
小走りに改札を通り抜け、駅から見える大きな垂れ幕を目印にして、
ネットカフェへと向かう。入り口に辿り着く前に、目当ての人物を見つ
けたボクは、気持ちを落ち着かせるためにそこで立ち止まった。
ガラス越しに見える進藤の華奢な後ろ姿。彼の好みそうなTシャツに
ハーフパンツというラフな服装に身を包み、浅く腰掛けてぶらぶらと脚
を揺らしている。成人の体型に合わせて作られた椅子は、彼には大き過
ぎるみたいだ。
そういえば、同い年にも関わらず、並んだときの彼の目線はボクより
も低い。一度だけ触れた手も柔らかく小さかった。その手が今、マウス
を持ち、彼の大きな目がパソコンのディスプレイへと向かっている。
それが何かを確かめるために、ボクはゆっくりとドアの前に立った。
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