平安幻想異聞録-異聞-<駒競> 1
(1)
「佐〜〜為〜〜〜!!」
蝉時雨立つ、夏の夕方。
門の前で大声を出すヒカルに佐為は「そんなに大声で呼ばなくても聞こえるのに」と
笑いながら腰をあげ、門の方へ歩いていくと、閂を外して、それを開け放つ。
木戸の間から、出会った頃よりは少し成長した金茶の前髪の少年が顔を出した。
庭に面した縁側の簀子に座って、ヒカルは朝顔を愛でている。
今日のヒカルは機嫌がいい。
昨日の駒競べで、見事、三谷の馬に勝ったからだ。
幼い頃から、祖父から武芸を仕込まれたヒカルも、馬術だけは少々苦手だった。
「なんでです?」
と佐為が聞くと
「だって、馬がいなかったんだよ」
とヒカルが説明してくれたことがある。
言われてみれば、と気付くのだが、ヒカルの父が死んでから、そのヒカルが成長して
亡父と同じ検非違使の仕事につくまでの間、近衛の家には収入がなかったのだ。きちん
とした馬など飼う余裕はない。剣や弓を指南してくれた祖父もこればかりはどうにも
ならず、せいぜい、他の武人の家で使いようがなくなった年老いた馬をもらい受けて
きて、それで基本を教えてくれるぐらいだったのだ。
それが、検非違使庁に勤めだしてから、やっとまともな馬を買い、暇を見ては練習して、
ようやく昨日の駒競べで、ヒカルは念願の「三谷に勝つ」を現実にできた。
喜びもひとしおだろう。
「あれ、今日は誰もいないの?」
自分で皿を持ってきた佐為に、ヒカルが驚く。
「えぇ、たまには休みを出さないとね。だから今日は碁会所も休みですよ」
最近、盛況の佐為の碁会所は、掃除や何かのために使用人を雇うようになっていた。
ふーんとそれに頷いたヒカルが、皿の中身に目をやる。そのうち二つの皿に盛って
あったのは…
|