平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 1


(1)
滝の音が、山林にとうとうと反響している。
カッコウ、ホトトギス、オオルリ、と鳴き競う夏鳥達の間に、
特徴的な赤翡翠の流れる落ちるような鳴き声が混じっている。
その山林を流れる川近く、ひとつの庵がある。
庵の側には小さいながら厩舎もあり、そこに二頭の馬が繋がれていた。
庵の中には人影がふたつ。
わずかな余暇を利用して避暑に訪れている藤原佐為と近衛ヒカルであった。
ヒカルは庵のこじんまりとした部屋のちょうど真ん中ほどに、片膝を立て、
立てた方の膝に頬杖をつくようにして目を閉じている。そして、寝かせた方の
ヒカルの膝には、佐為の頭。ヒカルの足に、頭の重さを預けて、うとうとと
微睡んでいるのかいないのか……。
「十四、十五、十六、……」
目を閉じながら、ヒカルは口の中で小さく何かを数えていた。
そして、三十二まで数えたところで、パッと目を見開いて、自分の膝の上
の佐為の顔を見た。
「南西の林のやつが新記録だ、やるなぁ」
こんな時のヒカルの屈託のない明るい表情に、いったい何人の宮中の女房が胸を
ときめかしているのだろうと考えながら、佐為は目を開ける。
「そうですね、三十一まで鳴いたのは北の鶯でしたっけ?」
二人は目を閉じて、鶯の鳴き声を数えていたのだ。春に平地で鳴く鶯は、たいがいが
ホーホケキョと鳴いて終わってしまうが、夏の山の鶯はホーホケキョと鳴いた後にも
「ケキョ、ケキョ、ケキョ……」と鳴き続ける。『鶯の谷渡り』と呼ばれる鳴き方だ。
ヒカルと佐為は聞き耳を立て、庵の周りでさえずるその鶯の「谷渡り」の数を数えて
いたのだ。鶯にも順列があるらしく、谷渡りのケキョケキョの回数が多い程、偉い
らしい。互いにこれでもかと張りあって鳴く。
佐為は手をついて、今まで自分の頬を暖めていたヒカルの太ももの温もりも名残
惜しく体を起こす。
目線をヒカルのそれと同じ高さに合わせると、ヒカルの鳶色の瞳が見返してきた。



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