望月 1


(1)
対局を終えるとヒカルは急いで控室に向かった。
ふすまを開けると、アキラが一人、棋譜を見ていた。
互いに目を見交わすと、なにも言わずに二人は部屋を後にした。ヒカルの頬が赤く染まったのは、
照明の影になって気付かれなかった。
勝敗は確かめるまでもない。アキラは順調に名人戦の3次予選を勝ち抜いているはずだし、
ヒカルはたった今、本因坊戦の1次予選を突破してきたはずだ。だが、二人にとってそれは
次へ続く階段でしかない。
「なんの棋譜?」
「碁聖戦の第5局だよ。」
「あぁ、先週あったやつか。オレ、もう見た。緒方先生、惜しかったな。」
「倉田さんに勢いがあったね。鋭い手の連続だ。」
「倉田さん、初タイトルだよな。今度会ったら、お祝い言わなきゃ。」
電車の中ではずっとその棋譜の検討が続いた。

駅を降りると、アキラは帰り道とは違う方向に進んでいった。
「どうしたの。そっちじゃないだろ。」
ヒカルが尋ねた。
「ケーキ買わなきゃ。誕生日なんだから。きょうは1次予選も突破したんだろ?一緒にお祝い
しなきゃね。」
アキラがニッコリ笑っていった。
「お祝いなんていいよ。だって1次予選だぜ。お前なんか、今年もリーグ戦入ってるじゃないか。」
ヒカルが口を尖らせた。
「でも、ケーキは好きだろう。」
「そりゃあ好きだけど…。それより、早く帰ろうよ……。」
ヒカルは妙に照れたように口ごもった。



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