弄ばれたい御衣黄桜下の翻弄覗き夜話 1
(1)
門脇龍彦と進藤ヒカルがその碁会所を出たのは、ほとんど真夜中近く。
通りに面するどの店もシャッターを降ろし、通勤帰りの人々が時計を気にしつつ、
タクシーを呼び止めるようになる時間。
伊角の新初段戦の観戦に赴く途中で、本当の意味で知りあいになり、またライバルと
もなった二人は、それ以来こうして時折り、共に碁会所で打ちあう仲になった。
誘い合うわけではない。しかし、プロとして棋院に来ていれば初段同士、手合日も
しばしば重なるし、昼休みや対局後にロビーで顔を合わせたりもする。
そんな時に、どちらともなく言いだすのだ。
「どっか行こうか」
と。
行く先はその時で違う。
電車に乗って、適当な駅で降りて、碁会所をさがす。
私生活で、他に共通の話題はないので、碁の話ばかりしている。碁を知ってから、
なんだか訳のわからないままに突き進み、まわりを眺める余裕もなく、同じ年の
ライバルの背を追っているうちにいつのまにかプロになってしまったヒカルと違い、
門脇はいろいろと囲碁界の事を知っていて、本当に何の知識もないヒカルに呆れ
ながらも、丁寧に教えてくれた。
中には、過去の名棋士達の表には出てこない裏話的なものや、門脇自身が体験した
大会でのトラブルの話題などもあって、ヒカルはそれが結構楽しく、立ち寄った駅で
碁会所が見つからなければ、喫茶店に入って延々とそんな話を聞いて過ごしたりもした。
だが、それ以上に馴れ合って、お互いの私生活に関心を示すこともなく、さばさばと
したつきあいが、門脇とヒカルの間には続いていた。ふたりはお互いの電話番号さえ
知らない。
そして運良く碁会所が見つかって、対局が始まれば彼らはウソのように無口になる。
一局で終わることもあれば、途中から早碁のようになって、その碁会所が閉まるまで
夢中で打っていることも有る。
今日がそうだった。
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