夜風にのせて 〜惜別〜 1


(1)


昭和4X年。ここは新宿。昼間は眠りにつき、夜になればきらびやかな光が街を彩る。
そして彼女もまたその光のうちの一つであった。
「ひかるさん、出番です。よろしくお願いします」
スタッフの男に声をかけられ、ひかると呼ばれた若い女性は鏡で最後のチェックをした。
長い巻き髪を整えると、きらびやかな赤いドレスに身を包んだ細身の彼女は、それに負け
ないくらい赤々とした口紅をぬると控え室をあとにした。
大きく広いダンスホールの奥には高級なスーツを着た男性や胸元や背中を露出した若い女
性が席を埋め尽くしていた。男性客は酒やタバコとともに女性らと楽しそうに会話をして
いる。その上をミラーボールやシャンデリアが何色もの光を発していた。
貧しい生活を強いられていたひかるにとって、ここはこの世のものとは思えないほど美し
く華やかなものだった。だがこれがこの高級クラブでは日常茶飯事のことだった。
ひかるはゆっくりとステージへ上がる。スポットライトがひかるにあたると、客席から拍
手が鳴り響いた。
お辞儀をし、スタンドマイクの前に立つ。するとダンスホールに人が集まり始めた。
ひかるはゆったりと感情をこめて歌い始める。その美しく優しい歌声に身を任せ、ダンス
が始まる。
客はひかるの歌声に陶酔した。だがひかるは歌だけでない。つぶらな瞳と薄い唇は清楚な
少女を連想させ、そして少し舌足らずな甘い声は守ってあげたくなるような可憐さがあり、
また細く小さな体は儚く見え、それら全てが男性客を魅了した。
ひかるはそれを知ってか知らずか、時折小悪魔のように男性客を目で挑発しながら歌う。
その妖艶ぶりに皆釘付けとなった。
そして歌い終わると客席からは割れんばかりの拍手と口笛が鳴り響いた。
ひかるは深々とお辞儀をする。これがひかるの仕事だった。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!