カルピス・パーティー 1 - 2


(1)
「今日はここまでにしておこう」
「ああ。そーだな」
ジャラジャラと碁石を片付けあって碁笥に蓋を嵌めてから、ヒカルは「うーん」と
大きく伸びをしフローリングの上に仰向けに倒れ込んだ。
「・・・進藤、どうしたんだ。具合でも悪いのか?」
ヒカルは薄目を開けて声のするほうを見た。
碁盤を挟んだ向こう側から、片手で碁笥を押さえ片手で蓋を閉めた体勢のままのアキラが
心配そうに首を傾けてこちらを見ている。
「別にそーいうんじゃないけど・・・昼過ぎから、何時間碁盤の前に座ってたと
思ってんだよ・・・」
「今までだって、対局や棋譜研究でこれくらいの長さになることはあったじゃないか?」
「そーだけどさぁ。オレここ何日か、あんま寝てないの!」
思わず苛ついた声をぶつけてしまった。が、アキラは声の調子より言葉の内容のほうに
ショックを受けたらしい。
座布団の横に手をつき眉根を寄せて、ますます心配そうな顔で覗き込んでくる。
「寝てない?何をやっていたんだ進藤。眠れなかったのか?」
「んー」
曖昧に返事をしてヒカルは一気に上体を起こした。胡坐をかいて、ポリポリと頭を掻く。
「おい、しんど・・・ウッ」
アキラの言葉は途中で止まった。ヒカルが両手を伸ばしてアキラの頬の肉を鷲掴みにし、
両側に強く引っ張ったのだ。
「ひっ、ひんどぉ?」


(2)
「う〜ん・・・」
ヒカルは何か考え込むような表情でしばらく横に引っ張られたアキラの顔を眺めていたが、
やがて頬の肉から手を離し、アキラがほっとする暇もなく今度はアキラの口唇を親指と
人差し指で上下からぐぐっと挟みあげ、アヒルの嘴のように横に長く押しつぶした。
「ンー、・・・ンーっ?」
抗議の言葉を紡ごうとするアキラの唇はヒカルの指にがっちりと捉えられてしまい
本来の機能を果たすことができない。
初め当惑の色を浮かべていた切れ長の瞳は、やがて訳もわからず弄られることへの心外さ
と怒りに潤み、アキラはぶんぶんと首を振ってこの辱めを与える指から逃れようとした。
それでもヒカルは容赦なく指に力を込め、真剣な眼差しでアヒル口になったアキラの顔を
眺める。
「ンー・・・」
悔しげに潤んで光っていた瞳がとうとう降参したように閉じられ、哀願するような
細い声が白い喉の奥から洩れた時、ヒカルは漸くアキラの唇を捉えていた指を離した。

ぷはっと息をついて何か抗議しようと開きかけたアキラの唇に、ヒカルはすかさず
チュッと音を立てて軽いキスをした。
「・・・・・・!?」
抗議の言葉も引っ込んでしまったのか、アキラは目を大きく見開いたまま信じられないと
いう顔でヒカルを見た。その頬が、見る見る生き生きとした赤い色に染まっていく。
(朝焼けの空みたいだな)
そう思いながらヒカルはもう一度アキラの頬を指でむにーっと引っ張り、ぱっと離すと
勢いよく立ち上がった。
「・・・おいっ、進藤!?」
「座ってろよ。飲み物持ってくるから、ちょっと休もうぜ」
首や肩をコキコキ言わせてキッチンに向かうヒカルの背中を、アキラはヒリヒリする
頬を押さえながら釈然としない表情で見送った。



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