白と黒の宴4 1 - 2
(1)
ホテルの大広間は正装した大勢の人らで賑わっている。
ここしばらくの囲碁のイベントにはない華やかさだった。
日韓中共同開催の北斗杯のレセプションは滞りなく進み、
「さ、今度はあっちの御夫婦方だ。」
と倉田に間髪なく引率されヒカルと社はもう何人名前も知らない大人達に頭を下げ
挨拶させられたかわからなかった。その様子をいちいち写真に撮られる。
アキラだけは流石に場慣れしていてにこやかに卒なく相手と短く会話を取り交わし、
団長の倉田の面目を保っている。
もっとも会場入りの際に胸に花をつける順番で中国の団長を押し退けるという一番
大人らしからぬ行動にでたのが倉田であったが、時おり入る主催者側との細かな打ち合わせや
記者や挨拶相手の質問にも端的に答えて頭の回転の早さを見せる。
(ただの大飯食らいとちゃうんやなあ、この兄ちゃん…)
慣れない服装と人酔い状態でのぼせそうな頭で社は感心する。
相手側も、アキラを除いて選抜されたとはいえまだタイトル戦には程遠い初段棋士の
ヒカルや社の事などまるで知らないだろう。
北斗通信社自体のスポンサー関係者であれば囲碁自体をどれ程わかっているのかすら疑わしい。
「あらまあ、学校のお勉強とプロのお仕事と両立させているの。それは大変でしょう、それで
こういう大会に選ばれて来れて、さぞかし御両親もお喜びでしょうね。」
挨拶相手の奥方にしきりにそう感心されて社は心の中で苦笑いした。
(2)
アキラやヒカルと、自分との差が、24時間囲碁に専念出来るかどうかという差以上なのは
社自身にもわかっている。
現に自分より碁を始めたのが遅く正式な師匠さえもいなかったというヒカルが
歴然の差を持って上にいるのだ。
そしてそのヒカルをここまで引き上げてきたのは、間違いなく塔矢アキラの存在だ。
自分ももっと早く塔矢アキラと出会っていたら、ヒカルよりも先に、そうすれば
あの視線を他の誰にも向け差せないくらいに強くなれていたかもしれない。
その自信はある。なぜもっと―
グルルルと盛大に腹の虫音が響き社は我にかえった。
その場にいた全員が社に注目し、社は顔を赤くさせて頭を下げた。
「…なんだか、考えてもしゃあない事を考えるようになったなア、オレ…」
ようやく一通り挨拶を済ませて食事にありつき、社は溜め息をつきながら皿に料理を乗せていく。
空腹だし、ホテルのそれなりの料理が並んでいる。だが立食というのは思ったより食が
進まないものだと感じた。
「焼ソバとかそういうのが食いてえなあ、なあ進藤…」
ふと横を向くとヒカルは空の取り皿を手にしたまま人垣の向こうを睨み据えていた。
ヒカルの視線の先に居るのは人垣が絶えない韓国チームだった。
その中心に長身の白いスーツの青年がいる。高永夏だ。
今この会場内で碁の事を知っている者の関心は誰よりも彼に集中していた。
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