誘惑 第三部 1 - 2


(1)
飛行機は分厚い雲の中を上昇していく。
何かの予感にも似た白い霧の中を突き抜けると、明るい太陽の光が唐突に窓から差し込む。
反射的に外へ目を向けてしまうと、空の絶対的な青さと、陽の光を受けて白く煌めく雲海が、光に
満ちた眩しいほどの光景が、一瞬にして彼の心を奪う。
その天上の光景に彼は言葉もなくただ引き寄せられ、彼の心は眩しく輝く光で満たされる。

足元に落ちる濃い闇は自分を照らす光のせいなのだと、追い詰められるようにその光から逃げて、
逃げて、逃げ込んで、けれどそんな逃避が無駄な徒労であったことに、やっと気付く。
この地球上にあって、太陽の光から逃れる事などできないという事を。

どうして。
どうして、ここまで離れてしまうまで気付かないんだ。
ボクが彼を忘れる事なんて、できる筈がなかったのに。
彼を失う以上に、耐えられない事なんて、ある筈がなかったのに。
足りなかったのはほんの少しの勇気と、くだらないプライドなんかは捨ててしまう事だけ。
たったそれだけだったのに。
与えられる事に慣れてしまって、向こうから背を向けられたら、それだけでもう怯えて立ち竦んで
しまって。自分からは何も動けずに。
どうして。
それでもキミが好きだって、ボクにはキミが必要なんだって、追い縋る事も出来なかったんだろう。
そうしなきゃいけなかったのに。そうするべきだったのに。
何もしないで。怯えて、背を向けて、逃げて。ボクは、バカだ。
キミを忘れられるはずなんかなかったのに。
キミを好きだって気持ちが、ボクの中の一番の真実だったのに。


(2)
「塔矢くん?」
「え?」
急に隣から声をかけられてアキラは驚いて振り向いた。
「どうしたんだ…?」
けれど、そう問いかけても、何を訊いているのかわからない、そんな表情でアキラは記者を見た。
「……きれいだな、と思って。」
そう言って、アキラはもう一度窓の方を向く。
涙が頬を伝い落ちているのに、アキラは気付いていないようだった。
アキラの言葉に記者はアキラの横から窓を覗き込む。
真っ青な空と、輝く太陽と、白く煌く雲海は、彼の言う通り、美しかった。
けれどそれ以上に、魅入られたように窓の外を見つめる塔矢アキラは、彼の白い頬を静かに伝う
涙は、天上の眩しいかぎりの光景よりも更に美しいと、彼は思った。
「もうずっと、太陽なんて見なかった気がするから、どこにもなくなっちゃったのかと思ったのに、
ちゃんとここにあったんだね。」
アキラは独り言のように呟いた。



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