闇の傀儡師 1 - 2
(1)
プロ棋士進藤ヒカルのもとにある時一通の封書が届く。
その中には一枚の写真が入っていた。
それは特徴あるヒカルの髪型をまねたとみられる人形の全身写真で、
服装もヒカルが持っているものと同じデザインのセーターとジーパンといったものだった。
「なんだ?これ…」
差出人の名前はなかった。写真の裏に“あなたのファンより”と一行だけ書いてある。
他には何も同封されていない。
「ふうん、…世の中には、変わった人がいるんだな。」
薄気味悪いと言えば言えなくもないが、イベント等で指導碁の後お礼の手紙をもらう事も
ない訳じゃない。そういう類は棋院会館を経由して来るが、その手紙はヒカルが
出かける真際に自宅の郵便受けを覗いて見つけたものだった。
ヒカルは歩きながら封を切り、その写真を見たのだがその時は特に悪意は感じなかった。
「やべっ!!バスに乗り遅れる!!」
ヒカルは写真を封筒に戻すと無造作にリュックの中に放り込んで先を急いだ。
(2)
日差しは日毎に眩しさを増していた。
今日の仕事である指導碁の会場に駆け込んだヒカルは軽く汗ばみ、呼吸を整える。
赤いチェックの上着を脱いで脇にかかえ、白地にロゴの入ったTシャツに
黒のジーンズという姿で控え室に入る。
「こんにちわーっ!」
先に来ていたプロ棋士らに軽く頭を下げて明るく挨拶し、ヒカルは窓際の椅子に腰掛けた。
下がり切らない体温を逃がすためにTシャツの胸元をパタパタはためかせる。
その時ふと誰かの視線を感じたような気がして、控え室の入り口の方を見た。
白いドアが大きく開いたまま固定されている。
僅かでも気配がするとついそちらを見遣るクセがヒカルにはあった。
だが大抵そこには誰の姿もない。ヒカルはそんな自分自身に笑い、そしてため息をついた。
イベントである囲碁の会が始まり、先刻の手紙の事はすっかりヒカルの頭の中から消えていた。
その2日後、棋院会館での手合いを終えて帰宅し母親から手渡された自分宛の通知の類と共に
再びそれが混じっているのを見るまでは。
母親は気がつかなかったらしいが、御丁寧に切手まで貼ったその封筒の表には消印がなかった。
手触りでやはり写真が入っているのはすぐ判った。
さすがにヒカルは怪訝そうな表情になり、封を切って中を見る。
同じ人形の写真。先日自分が仕事で着た白にロゴマークのTシャツに黒のジーンズだった。
そして前回と印象が違うのは、人形がベッドの上に横たえられている事だった。
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