sai包囲網・緒方編 1 - 2


(1)
 緒方精次はおもしろくなかった。
 2年前の夏、当時まだプロではなかったとはいえ、あの塔矢アキラが
ネット碁で軽く手玉に取られるのを見たときから、saiに興味が湧い
ていた。とはいえ、それ以降、saiは表には現れず、半ば忘れかけて
いたところに、衝撃とも言える塔矢名人との対局。誰に見せても名局と
唸るに違いない。
 逸る気持ちを抑えて訪ねた塔矢名人の病室には、進藤ヒカルがいた。
そして、ヒカルの口から零れ落ちたsaiの名。気がつけば、まだ子供
と言っていい年の少年を壁に押しつけ、こう怒鳴っていた。
「知ってるんだなsaiを!知ってるんならオレにも打たせろっ」
 怯えたようなヒカルの表情。細い華奢な身体は片手で押さえつけただ
けで簡単に動きを封じることができた。間近で見たヒカルの長い睫毛の
先が微かに揺れている。
「し・・・知らないっ。知りません!オレはただsaiと塔矢先生との
ネット碁を、た、たまたま見ていただけで・・・」
 そう震える声で答えられ、益々疑念が高まった。あともう少しで聞き
出せたかも知れないというところに、タイミング悪くアキラが現れた。
その一瞬の隙をつき、ヒカルはエレベーターの中へと逃れてしまった。

 進藤ヒカルと謎のネットの棋士saiの関係。
 当のヒカルには知らないと逃げられ、塔矢名人にはやんわりと否定さ
れた。頼みの綱はヒカルを追って行ったアキラだったが、
「進藤とsaiは何の関係もないそうですよ」
 と、とりつく島もない。


(2)
「アキラくん。名人の病室で確かに進藤はsaiの名を口にしていたよ」
「進藤はお父さんとsaiとの一局を見ていただけです。saiの名前
を知っていたから怪しいというのなら、緒方さんやボクも怪しいというこ
とになりますよ」
 言われてみれば確かにそうだ。
「緒方さん。とにかく、これ以上進藤に問い詰めるようなことはしない
で下さい。それでなくても進藤は、ずいぶん緒方さんを怖がっていまし
たから」
「怖がる?」
「ご自分と進藤の体格差を考えてみれば、お分かりになるでしょう?」
 これには、さすがの緒方も沈黙せざるを得なかった。
 進藤ヒカルがまだランドセルを背負った小学生の頃、路上で見かけた
彼を思わず拉致同然に名人の碁会所に引き込んだことがあった。今思え
ば見知らぬ大人にいきなり腕を掴まれて、さぞ怖かったことだろう。
 だが、しかしとも思う。
 その罪滅ぼしというわけでは決してないが、ヒカルが院生試験を受け
られるように便宜を図ってやったのも、覇気のなくなったアキラの起爆
剤となるように、ヒカルの姿を見る機会を作ってやったのも自分だ。
 その恩も忘れやがってと緒方が思ったとしても、大人げないと責めて
はいけないだろう。
 あの日以来、アキラはずいぶんとヒカルと仲良くなっているようだ。
何度か塔矢家にヒカルが遊びに来たことも、明子夫人の口から聞いた。
今まで同年代の友達をアキラが家に呼ぶことがなかっただけに、夫人は
素直にヒカルの訪問を喜んでいるようだ。ヒカルは礼儀知らずで傍若無
人なところもあるが、それすらも子供らしい無邪気さに見えて、大人受
けは悪くない。緒方自身も多少ヒカルが生意気な口を聞いても、進藤だ
から仕方ないなと受け流していたのだ。あの日までは・・・。
 そんなもやもやしたまま気持ちが晴れずにいた緒方に、願ってもない
チャンスが巡って来た。



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