身代わり 1 - 2
(1)
「……佐為……」
視線がからまった瞬間、ヒカルはほとんど条件反射で軽く唇を突き出した。
佐為とキスをするようになったのは、ヒカルの見ていた洋画がきっかけだった。
何でもないシーンで交わすキスを、不思議に思った佐為が尋ねたのだ。ヒカルはこのキスは
あいさつであり、また親愛の情をあらわしているのだと説明した。
すると佐為は興味深げにうなずいたあと、ふいに身体をかがめてきた。
あっと思う間もなく、ヒカルの眼前には佐為の秀麗な顔があった。
触れる感触はしなかったのに、ヒカルはたしかに佐為の唇を感じていた。その証拠に、胸の
鼓動の音が大きくなっていた。
ヒカルは文句を言ったが、それは照れていたためで、本当はうれしかった。
そんなヒカルの感情はもちろん佐為にも伝わっており、その後たびたび唇を寄せた。
街中で、人目をはばからずに―――もっとも、佐為の姿はヒカル以外の者の目には映らない
のだが―――何度も何度も。
そしてそのたびに怒るヒカルに、悪びれもせずほほえんでいた。
ヒカルはいつも目を見開いたまま、くちづけを待つ。
佐為の唇が自分の頬や手、そして唇に触れるのを、視覚で感じとるためだ。
そんなヒカルがいじらしく、また愛しいと佐為は思う。だが今日は憎らしく思ってしまった。
佐為は直前で顔をすい、と離してしまった。とたんにヒカルは頬を紅潮させた。
「なんでェ! 勝手に拗ねてろよ!」
原因はわかっている。新初段シリーズのことだ。
ヒカルはプロ試験に合格した。
これでようやくヒカルはアキラの前に立つ資格を得ることができた。
アキラとの対局を何よりも心待ちにしていたヒカルだが、新初段シリーズの相手が塔矢行洋
であることを知り、ひどく興奮した。
だが佐為がそれを冷ますかのようなことを言った。
《私に打たせてください、ヒカル》
ヒカルは一瞬あぜんとした。思ってもみない言葉だった。
そして理解すると、無性に腹が立った。こっちの身になってほしい。
ヒカルは佐為にすげなく背を向けた。もうわがままにつきあってなどいられない。
それ以来、何も言ってこなかったので忘れていたが、やはり佐為は根に持っていたのだ。
(2)
ふてくされた気分のままヒカルは布団に入った。
佐為もなかなか逆立った心を鎮められずにいて、唇を引き結んで脇に座っていた。
相手が起きているのは分かっている。しかし二人とも長いあいだ身じろぎもしなかった。
そのまま沈黙が続くと思われたが、不意にヒカルが小さな吐息をこぼした。
ヒカルは覚えのある衝動に身体をごそごそとさせた。
(どうしよう、出したくなっちゃった……)
ジャージの上から熱を訴えてくる自身に触れた。いつもは気にせずにするのだが、なんだか
今はできない。そう思ってしまうのはもちろん、佐為のことがあるからだ。
我慢してさっさと寝ようと思うのだが、身体がそれを許してくれない。
切なくて泣きそうになってくる。
佐為はそんなヒカルの心情と、若い性の衝動に表情をやわらげた。
《ヒカル、こっちを向きなさい》
できるだけ優しく呼びかけたのに、佐為の声にヒカルは全身を硬くさせた。
「な、なんで、オレもう寝てん……」
《わかっているんですよ》
そう言われるとヒカルももう意地を張ってなどいられなかった。
起き上がると、ベッドに腰掛けた。そしてズボンを下着ごと自棄気味にずりさげた。
すでに勃起している未成熟な性器に、佐為は手を這わせた。するとそれはさらに上向いた。
ヒカルが佐為の手に自分の手を重ねてくる。そして一緒になってしごきだした。
「ふっ、ふぅ、んぅん……」
ヒカルの目には佐為の手が映っているため、まるでしてもらっているような錯覚がする。
薄闇でも、ヒカルの恍惚とした表情が佐為にはよく見えた。
こうしている時、佐為はいつも不思議な感覚に囚われる。
暑さも寒さも感じない、もうないはずの我が身。それなのに熱くなるのだ。
(もし今、私に肉体があったなら……)
そう考えて首を振る。なくて良かった。ヒカルを泣かすようなことはしたくない。
「んぁっ、さいぃ……っ」
佐為の手が集中していないことに気付いたヒカルが呼びかけると、すぐに応えてやる。
するとヒカルの膝がしらが、みっともないくらい震えだした。
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