帝の企み(平安異聞録) 1 - 2
(1)
「近衛光とやら、そんなに頭を下げていてはそなたの顔が見えぬ」
「いっ、いえっ!オ…わたくしのような身分の者が、帝のご尊顔を拝すなど…!」
「そうかしこまらずともよい。面を上げよ」
「……は、はい…」
優しい帝の声音に、光はそろそろと顔を上げました。大きな瞳を見開いて帝の顔を
じっとみつめました。くりくりとした可愛らしい目、愛らしい唇、明るい前髪…帝は思わず
感嘆の溜め息を漏らすほどでした。
「そ、そなた…」
「はい?」
首を傾げる仕種をする光もまた可愛らしく、どんな姫君も敵わないように帝には思えました。
「……今夜、我が寝所に来なさい。そなたに余の警護を命ずる」
「えっ…で、でもオレ佐為と一緒に…!?」
「帝である余の命より、藤原佐為の命の方が大事と申すか?」
「い、いえ…決してそのような事は………けど、オレ」
「今夜、必ずだ。分かったな?」
「……はい」
警護とは名ばかり、帝は己の寝所に光を誘い、その身体を手に入れたいと考えました。
帝に男衆の気が有る事に気付かない光は、理不尽な命令にただ首を傾げるのでした。
(2)
「……そう言うわけでサ、今夜は一緒に妖怪退治行けないんだ」
夕方、占盤の前で光は困ったように、明と佐為に事情を説明しました。
その話しだけで、明と佐為は帝の思惑が手に取るように分かってしまいました。
(おのれ…近衛はボクが先に目をつけたんだぞ!今までどんな思いで我慢してきたか…!
近衛の初めてはこのボクであるべきなのに、帝と言う立場を利用して好き放題しようとは!)
(光は皆の人気者なのに、帝一人のための花にしようとは…許せない横暴です!)
明と佐為は、帝の思惑を何としても阻止しようと心に固く誓いました。
「…近衛、キミが帝の寝所に赴く必要はないよ。今日もいつも通り、一緒に行こう」
「そうですよ、光。あなたがいなければ誰が妖怪を撃退できましょうか?」
「えっ!?でも…そりゃオレだって行きたいけど、帝の命令は絶対だし…」
「帝の寝所の警護は、ボクの式神に任せる事にしよう」
明がそう言うと、茸頭で眼鏡をかけた明の式神が突然現われました。
「でっ、でも!オレが行かなきゃ不味いよ…だって必ずって言われたし!」
「大丈夫、式神にはキミそっくりの格好をさせるよ」
明が命ずると、茸頭の式神はみるみるうちに光の姿を形作り、最早見分けが
つかないほどそっくりになってしまいました。
「これで良いだろう?帝との約束を違えた事にはならないよ」
「さ、妖怪退治に参りましょう、光!」
「そうだな!じゃ、よろしく頼んだぜ式神!」
三人は、特に明と佐為は殊更ご機嫌に、京の町へと歩き出しました。
「近衛光…苦しゅうない、近う」
寝所の警護にきた光の姿をした式神にすっかり騙された帝は、その腕をとってさっさと
自分の床の上に招き入れました。組み敷かれても、式神は黙ってそれに従うだけでした。
「…さっきから一言も話さぬが、照れておるのか?愛いやつよ…」
勘違いして気を良くした帝は、さっさと式神の服を脱がせにかかりました。
「ありのままのそなたを、余に見せておくれ…」
帝がそう命じると、式神はその命令に忠実に従いました。そう、変身を解いてしまったのです。
帝の目の前には、愛らしい近衛光ではなく、茸頭の式神の姿…。
「ぎっ…ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!妖怪!!!」
帝の寝所に、絶叫が響き渡りました。結局帝はその日の出来事の衝撃から数日間臥せって
しまいました。ひとり密かに心が傷ついた式神も、数日間鬱だったということです。
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