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(1)
ドアが突然がちゃがちゃ、と鳴ってヒカルは思わずぎく、と体を震わせた。
反射的に時計を見上げる。12時半。
ぼんやりしている間に随分時間が経っていたらしい。そろそろ緒方が帰って
来てもおかしくはない時間だった。
玄関まで小走りで駆けて行って急いでカギを開ける。
がちゃり。
瞬間、外の空気が吹き込んできてヒカルの頬を掠めた。
「緒方先生?また酔ってんの?」
ドアを開けたそこには緒方が明らかに酔っ払いの空気を纏って立っていた。
壁に手を着き体を支えてはいるが、足元はおぼつかない。
「これ位じゃ飲んだ内にも入らんさ」
そう言いつつも新たな支えを見つけた、とでも言うように緒方はヒカルに
寄りかかってくる。
「しっかり酔ってるじゃんか!って緒方せんせ…わっ」
いきなり圧し掛かってきた重みにバランスを崩しつつ、身長差のために
ヒカルの顔は緒方の胸にすっぽりと埋まってしまった。緒方の着ている
ジャケットは冷たく、酒と微かに煙草の匂いがした。
ヒカルは倒れこんでくる緒方をなんとか押しのけて酸素を確保する。
「はぁ…っ。ったく…ホラ、先生!酔っ払ってないんだろ?ちゃんと
歩いてってば!あ〜もう酒臭ェなあっ」
よくここまで一人で上がって来れたよな、と独りごちながらヒカルは
緒方をソファへと難儀しながらも誘導した。
「…あ」
ふとヒカルは既視感を覚えて呟いた。
(ナンか、前にもなかったっけ…こんなこと)
「…んどう」
「えっ?」
緒方の声にヒカルは我に返った。
(2)
「水をくれないか…」
「あ、水?ちょっと待って」
ソファに緒方を凭れかけさせたままキッチンに走りグラスを取って
水を注ぐ。手に当たる水の冷たさが意識をはっきり冴え渡らせた。
(…そうだ。確かあれは一年前の。
佐為が消える少し前。あのときも緒方先生が酔っ払ってて…)
「…以前にもこんなことがあったっけな」
ヒカルの心を見透かしたように、グラスを受け取りながら緒方が言った。
「俺が十段を取った直後くらいだった。saiと打たせろってオマエに
迫ったんだったか。…あのときは結局うやむやにされたままだったけどな」
「なんだよっ。あのときは先生がべろべろに酔っ払ってて大変だったんだか
らな、相手すんの」
緒方の口から佐為という言葉が出ると何故か胸が痛んだ。
(そういえばこの人、オレ以外で佐為と打った最後の人だっったっけ…>
「そうだった。オマエと対局したんだっけ…saiとは打たせてくれなかった
からな」
「そ。オレでガマンしてもらったの!」
揶揄するような緒方の言葉にヒカルは内心の動揺を振り払うように
つっけんどんに答えた。
「…フ。今夜もまた、オマエが代わりになるのか…?」
「…オレが、代わりに?」
思わずヒカルは緒方の目を正面から捉えてしまった。口の端を少し
上げて緒方が笑った。ヒカルの反応を愉しんでいるようだった。
代わり?誰の?佐為のか。それとも、−−−塔矢のか…?
―――ズキッ。今度ははっきりと胸が疼く音が聞こえた。
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