パッチワーク 1 - 2
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2026年5月 和谷(39)
火曜日
和谷はホテルの自室で落ち着かなかった。
先ほどまで行われていた十段戦最終局前夜祭の華やかな雰囲気に酔った
ようだ。元々の日程が会場となるはずの旅館の失火で延期となりGWも
からみ会場が箱根のこのホテルに変更され、日程も変更された。予定で
は同門の先輩・冴木が立ち会いになるはずだったが日程の変更でできな
くなり四日前になって和谷に回ってきた仕事である。和谷もこれまでに
何度かタイトル戦の前夜祭に参加したことはあったが今回は初の立ち会
いであり自分でも気づかなかったが少々のぼせてしまったらしい。今回
の対局は既に7大タイトルのうち2タイトルずつ持っている進藤ヒカル現
十段と塔矢アキラの対局であり、ここまでもどちらも2勝2敗ときて明日
の対局にむけて会場は盛り上がっていた。「アイツらはオレと違って場
慣れしてたな」と自分と1歳しか違わない明日の主人公の2人を思いだ
して自嘲を漏らしていた。
どうにかこうにか7段まで上がったもののどのタイトル戦でも2次予選
を突破できず囲碁教室の講師と義兄の設計事務所で働く恩師の娘である
妻の収入で生計を立てていた。妻との間には小学1年の息子がいる。
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現在各リーグ戦の常連というと緒方・芹澤・倉田・塔矢・進藤・社だが
この中でもタイトル戦に絡むとなると緒方・倉田・塔矢・進藤の4人に
絞られてしまうという状況がもう15年近く続いていた。越智・伊角・福
井・冴木・芦原あたりは各リーグに入ったり落ちたりと安定しない。白
川は数年前から院生師範になっている。門脇は棋界ではめずらしい会社
員だった経験を買われて棋院の運営に関わる方が主になっている。
この状況のきっかけと思えるのが第一回の北斗杯である。同年進藤が初
のリーグ入り、一方塔矢も全てのタイトルでリーグ入りした。さらに社
も二十歳前にリーグ入りし、気が付くとこの3人は同年代の棋士たちと
は一線を画く存在となっていた。
和谷は煙草を吸いたくなり部屋備え付けの案内で喫煙場所を探すと3階
の空中庭園にあるようだ。
部屋を出るとき塔矢が部屋に入ろうとする後ろ姿を見かけた。何か違和
感を感じたが気にせず3階の喫煙場所にゆき一服したとたん先ほどの違
和感の正体が分かった。あの部屋は進藤の部屋じゃないのか。だがそん
なことはあり得なかった。いまでは当たり前のようになってしまってい
て、いつからか思い出せないが進藤と塔矢は対局の後の検討では言葉を
交わすこともあるがそれ以外では棋院などですれ違ってもお互い相手が
存在していないかのように振る舞うのが常であった。
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