番外編3 1 - 2


(1)
 『塔矢の家で合宿する事になったから…』
相変わらずのハニーボイスで、ヒカルはさらりと恐ろしいことを言った。
 その一言を聞いた瞬間、社の背筋は凍った。
―――――違うんや!そんなつもりとちゃうかったんや!
そんな言い訳が、塔矢アキラに通用するだろうか?嫌、絶対しない。阪神優勝よりも確率は低い。
 社は、北斗杯に向けてがんばろうと思っていた。本当に、純粋にそう思っていたのだ。
下心など全然なかった。ただ、アキラに直接提案するのが怖かったので、ヒカルを通じて
意向を聞きたかったのだけなのだ。それが、裏目に出てしまうなんて……。
 頭の中で『塔矢の家で合宿』という言葉が、繰り返される。ヒカルの可愛い声で言われると、破壊力も倍増だ。
 『社?聞いてる?』
ヒカルが電話の向こうから、黙り込んだ社に訝しげに問いかけた。
「へ…?あ、ああ、聞いとるで…」
ヒカルに自分の動揺を悟られないように、努めて冷静を装う。ヒカルには知られたくない。
自分がアキラを怖れていることを…。
『スゲー楽しみ!詳しいことが決まったら、また連絡するよ。』


(2)
 切れてしまった電話を手にしたまま、社は呆然と立ち竦んだ。
―――――チクショウ!なんで、オレがこないにビビらなあかんねん!
身長だって、体重だって、自分はアキラに勝っている。腕力勝負なら、絶対負けないはずだ。
だが、それを補って余るほどの得体の知れない恐ろしい何かが、アキラにはあった。
例えば、アキラの目にはレーザー光線が内蔵されていると言われても、そんな馬鹿な話が
あるわけないと思いつつも、最終的には自分はきっと信じてしまうだろう。
 実際、アキラと目があうと、蛇に睨まれたカエルのように、身体が竦んで動かなくなってしまう。
 東京での二日間で、社は天国と地獄を一度に味わった。天国はもちろんヒカルとの夢の
ようなひとときのことで、地獄は……思い出すのもおぞましい。でも、その地獄、最後の方はちょっと気持ちがよかったと感じたのは一生の不覚だ。封印してしまいたい記憶だった。
 いっそ、棄権してしまおうか…。だが、ヒカルと合宿。一つ屋根の下での三日間。この
前のようなことを期待するわけではないが、ヒカルと食事して、碁を打って、それから
寝顔も見られるかもしれない。アキラへの恐怖心よりも、ヒカルへの恋心が勝った。
―――――オレも男や…覚悟を決めたで!星野阪神かて、今、絶好調や!
ひょっとして、ひょっとしたら、ものすごい番狂わせがあるかもしれない。儚い期待を
胸に、北斗杯に向けてあらためて闘志を燃やす社だった。

おわり 



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