エレベーター編 1 - 3
(1)
「いつかだよ、いつか。ずっと先だよ!バカ!」
「バッ…バカだって?」
「バカだからバカって言っただけじゃん。バーカ!」
「よ、よくもっ…!
大体、そんな、いつかなんて、そんなんで納得なんかできない。
話せ。今すぐ話せ!」
「やだね!!」
「進藤、キミは…」
「あーうるさいっ!ぐちゃぐちゃいつまでも、しつけーよ、オマエ!」
「なっ…」
「何を…んっ」
「塔矢…」
「や、めろ…」
「塔矢…」
「放せ…」
「やだ。放さない。やっと、やっと掴まえたのに。」
チーン!
(2)
ぱっと二人の身体が離れる。
「…」
「…」
扉が開いてヒカルが外に出ようとしても、アキラは動かない。
振り返ると、アキラが口元を押さえて、赤い顔でヒカルを睨み付けていた。
「メシ…何食いに行く?何が食いたい?」
「…行かない。」
「何だよ、メシくらい食うだろ?」
「食べない。ボクは対局の途中ではいつも食べないんだ。」
「マジ?信じらんねー。腹へらないの?」
「うるさいな。とにかく、ボクは行かない。」
強引に言い張るアキラひヒカルはムッとしてアキラの腕を掴み、引き摺るように歩き出そうとした。
「何のつもりだ。この手は。ボクをどこへ連れてくつもりだ。」
「メシ。」
「だからボクは食べないって言ってるだろう!」
「いいじゃん、付き合えよ。」
「なぜボクがキミに付き合う必要がある。上へ戻るから手を放せ!」
「ほんっとうるさいなあ、オマエ。また黙らせて欲しい?」
「!」
立ち止まったアキラはまた顔を真っ赤にさせて、ヒカルを睨み付けた。
「…信じられない。こんな所で。」
「冗談に決まってるだろ。」
「…さっきだって。何を考えてるんだ、キミは。ボクを何だと…」
「オマエはオマエ。塔矢アキラだろ。」
「なっ!真面目に答えてるのか、キミは!大体、ボクは男だぞ!それを…」
(3)
「わわわっオマエ、声でけーよ、バカ!」
慌ててアキラの口を塞ごうとしたヒカルを、アキラはそれこそもっと大慌てで払いのけようとする。
腕を掴まれたまま変わらず睨むアキラに、ヒカルはちょっと困ったような顔をして、言った。
「なあ…いいじゃん。メシ食わなくても、何か飲み物とかだけでもさ。一人メシって寂しいじゃん。
付き合ってくれよ。」
じっとヒカルを見ていたアキラの視線が、仕方がないな、というように弱まり、アキラは微苦笑する。
「…わかった。わかったから、せめて手を放してくれ。」
「やだね。」
ヒカルはにべもなく言い捨てて歩き始める。
「だって放したらオマエ逃げるだろ。」
「逃げないよ。今更。」
ぽつりと零れたような言葉に、ヒカルは足を止める。
「今更、キミから逃げられやしない…もう…」
「塔矢…」
そしてアキラは顔をあげ、ヒカルに向かって笑いかけた。
「どこ、行くんだ?」
「えっ?」
「コーヒーくらい、付き合うよ。」
「え?ホント?それじゃ…」
「だからいい加減手を放せ。」
「へへーん、やーだよっ!」
「進藤!少しは人の言う事を聞け!」
じゃれているんだか喧嘩しているんだかわからないような二人の遣り取りを、そこにいた人間が
呆れたように遠目で見ていることに、当然、二人は気付いていない。
気付かぬまま、ぎゃんぎゃん言い合いながらも、ヒカルはアキラの手を放さずに棋院を出て行った。
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