観覧車 1 - 3
(1)
あちらこちらで初雪や初霜の声を聞く季節になったが、ゆっくりと上昇する観覧車の中は足元
から噴出してくる温風のおかげもあるが暖かい。
「アキラたん、誕生日は何が欲しい?」
向かいあわせに座った俺たちは、ゴンドラが頂上に上がる時間をわくわくしながら待っていた。
「誕生日か……」
この時期になるとうんざりするほど同じことを訊かれているだろうアキラは、それでも律儀に
小首を傾げて真剣な面持ちで考えている。
「尚志さん、かなあ」
「そんなの、別に誕生日じゃなくても」
おいでよ、と俺は両手を広げた。
「……なんて言うと思った?」
アキラは悪戯めいた目でフフと微笑むと、広げた俺の腕の中に飛び込んでくる。
「アキラたんが欲しいなら、ちゃんとラッピングしてくるよ」
店の中にあるクリスマスの飾り付けを思い出した。赤い大きなリボンを天井からぶら下げるのは
かなり骨が折れたが、そのリボンの在庫はまだ大量に残っている。そして、折り紙よりもしなやか
な金色と銀色が裏表になっているラッピング紙が丁度届いたばかりだった。
紙は流石に俺の体を包めるほどには大きくないから、それをセロハンテープで繋いでいくと
結構いい大きさになるだろう。俺は会心の笑みを浮かべた。
「……うん、大丈夫だよ。ラッピングできる。きっとアキラたんも気に入ると」
「裸で金色のフィルムを纏って、首に赤いリボンとか言うんじゃないでしょうね?」
(2)
上目遣いに俺の顔を窺っていたアキラは、『そんな格好で出迎えられても、帰りますから』などと
小憎らしいことを言ってのけた。アキラは誕生日も俺の部屋で過ごすものだと思っているらしい。
「ボクの欲しいものは――そうだな、尚志さんを一日中独占できる権利、かな」
綺麗に切り揃えられた髪を揺らして恥ずかしそうに口にするアキラは食べてしまいたくなるほど
強烈に可愛い。頭からかぷっと食べてしまった後でそんなことを言うのは反則かもしれないが、
本当に可愛いのだ。いや、本当に、マジで。
「そんなもん、いつだってあげるよアキラたん!」
「ち…ちょっと待って……」
「待つもんか!」
勢いづいてそのままアキラの小さい口を食べると、周りの目を気にしたのか一瞬激しく抵抗したものの
やがてくったりと力を抜いた。
「折角の一番上からの景色だったのに…」
ゴンドラがかなり下に下がってきていることに不意に気づいたアキラは、ガバリと身体を起こして
恨めしそうに俺を睨みつける。そんな潤んだ目で睨みつけられても、下半身にダイレクトチョイスする
だけで、俺的に全然怖くないんですが。
「もう一回乗りますか? アキラ王子」
「結構!」
ガクンと軽い衝撃が走り、ゴンドラのドアが開けられた。アキラはさっさと俺を置いて早足で観覧車
から遠ざかる。茶色い髪が多い中で、彼の黒髪だけがいつも輝いて見える。
(3)
華奢な身体は実際に脱がしてみると二の腕あたりの筋肉のつき方がしっかり男なのだが、こうして服を
着るとユニセックスな印象にならないこともない。そしてこの髪型の男は滅多にいないから、こうして
くっついていても傍目からはただのラブラブカップルに見られてしまう。いや、普通に俺たちもラブラブ
なカップルではあるのだが。
アキラがそのことを考慮してこの珍しいヘアスタイルを維持しているとも思えないが、アキラを追い
かけながらそのおかっぱに感謝する俺だった。
「アキラたん、ちょっと待てよ……。アキラ!」
「待ちません!」
「待たないと――――キスするぞ!」
「じゃあ尚更、待ちません」
遠まわしにキスしてほしいと訴えるアキラを追いかけて、俺は全速力で走る。
アキラは一日俺と一緒にいればそれだけで満足だと言ってくれているが、俺はそうではなかった。
アキラの誕生日には休みを取っている。キスを仕掛けたせいで観覧車の頂上からの景色が見えなかった
と怒るアキラのおかげで、最上級のプレゼントも思いついた。
貯めていたバイト代3ヶ月分の予算全てをつぎ込む勢いで閃いたものは、婚約指輪などではなく、神戸
ルミナリエの素晴らしいイルミネーションと、ロープウェーから見下ろす夜景だ。
初めての旅行に、彼は喜ぶだろうか。
喜びついでに、体中を生クリーム塗れになってはくれないだろうか――。
クリームを塗りたくって胸の上にイチゴを一つずつ置く。イチゴがないときはサクランボでもいい。
そんな風にケーキとなったアキラを俺が美味しく頂く様子を想像しながら、俺の手はアキラの手首を
ついに捕まえた。
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