トラウマ 1 - 3
(1)
「お父さんには迷惑かけたくないだろう?」
耳元でかすれた声がする。ボクは目を閉じているから表情は見えないけど、きっ
と薄笑いを浮かべているに違いない。きつい整髪料の匂いに吐き気がしそうだ。
でもボクは我慢する。逆らったら父に迷惑がかかる。ほんの少しの間だけでい
い。それでおしまいだ。手のひらにじんわり嫌な汗が滲んで碁盤の表面をじっと
りと濡らす。大事にしているものが汚される気がして、それが悲しくて少し涙が
出た。ボクを抱きすくめ制服のボタンに手をかけているそいつは何を勘違いした
のかまたにやりと笑う気配を見せた。
「…お父さんにだけは…絶対…」
いつでもそれだけがボクの望み。相手は違えどこれまでに幾度となくくり返され
てきたやりとり。
「君は本当にいい子だな…」
ヤニ臭い唇がボクの口に吸い付きがさつで大きな手が胸元に滑り込んでくる。一
方的に舌で口腔をまさぐられる。嫌な味がする。こんな事をして楽しいのだろう
かといつも思う。そのうち上半身をすっかり脱がされ畳にゆっくりと押し倒され
た。首筋から胸にかけて大きななめくじが這っているよう。汚い粘液が肌に浸透
して汚されている感じ。不快。半ズボンの膝小僧を撫で上げるざらついた手。不
快。
「子供の肌というのは本当に気持ちがいい…」
ズボンのファスナーが下ろされ、両手で尻たぶをつかまれる。そのまま力を込め
て揉まれて痛い。これまで押し殺していた声が漏れる。波打った腹に奴の鼻先が
触れた。「…ッぁあ」
そしてまたボクはかすかな声をあげる。股間のものが生暖かい感触に包まれて、
なめくじがぞわぞわと茎を擦りあげる。そうされると尿意に似たものが込み上げ
てきてボクは混乱する。そしてもじもじと腰を動かして逃れようとあがく。それ
が相手をますます喜ばせるだけだとは薄々気付いているけれど…
(2)
「くぅ…う……ッあ」
舌で器用に皮を剥き上げられて敏感なところを刺激される。強すぎて辛い、辛
い、辛い!
「あ、ふぁ、や…やだ…うぐッ」
思わず目を見開いて強く身をよじる。視界に広がる天井が見る見る涙で歪んで崩
れ落ちてゆく。何か大きなものに飲み込まれてゆく予兆、心臓がぎゅうぎゅうと
締め付けられる。
「や、やぁ…アァ……ッ」
か細い悲鳴を上げてボクの身体は呆れる程長い時間痙攣し、唐突に崩れ落ちた。
「はあ、はあ、はあ…」
涙を拭うのが精一杯なボクを奴は無理矢理引っ張って起こし、乱暴なやりかたで跪か
せる。朦朧とした視界の前に立ちふさがる奴。
「おじさんにもしてくれないかい?」
それが何を意味するかは知っている。目の前にアレが突き出されてももう狼狽したり
しない。ボクは表情を変えることなく促されるままにソレを手にとりゆっくりと扱き
ながら先端に舌を這わせる。大概の場合大人のソレは大きくてボクの口には少しきつ
い。ちらりと奴の表情を伺う。奴は満足そうに薄笑いを浮かべている。
「凄い、凄いぞ…心得ているじゃないか…」
(3)
ああ、あなたみたいな大人は沢山います。これは小学生のボクが大人の中で生きる為の
知恵です。ボクが黙って手と口を動かしていさえすればみんな上手くいくという…
「うふ…」
手にしているものの角度がキツくなってきたのと先端から出る液体のせいで滑った先端
が鼻に当たった。奴を見上げると、何故か酷く嬉しそうだ。とりあえず気配で終わりが
近いことを悟ったボクは少し顔を背ける体勢をとった。しかしそれを妨げるように頭を
両手で押さえ付けられ首を無理に正面に向かされる。
「…ッ!」
臭い液体を思いっきり顔面に、垂れた前髪にぶちまけられた。こんなことまでされたの
は初めてだ。うっかり口に入ったものが不味くて情けなくて顔を歪める。
「…ふ、ふ、可愛いなあ…」
「……」
ボクはこれでも男です。そう言われるのは不愉快極まりない。黙って近くにあったおし
ぼりで顔と髪を拭い、着衣を整えるとボクは帰る旨を告げる。
「待ちなさい、これは指導碁のお礼だ」
手を掴まれ、無理矢理紙幣を数枚握らされる。こくりと黙って頷きながら心の中では
『指導碁?嘘をつけ!』と思いっきりボクは怒鳴る。でもこのお金は将来のためにと母が
開設してくれた口座にそっくり貯金させてもらおう。お金に罪はない、それがボクの持
論。
通りへ出るとすっかり日が長くなった夕方の日ざしが眩しかった。行き交う人々もど
こか活気に満ちあふれ、ボクは世界に希望を見い出す。もっと強くなりたい。早く大人
になりたい。そうすればこんな目にはあわなくなるに違いない。
ズボンのポケットにねじこんだ紙幣を握りしめ、ボクは背筋を伸ばして歩き出した。
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