聖なるハーフ・ビター 1 - 3


(1)
「明日、碁会所に来て欲しいんだ。」
珍しく自宅にアキラから電話があり、そう約束させられた。
ヒカルが駅前の碁会所に行くのにいつもは特にアキラと約束を交わすわけではない。
互いの手合いの予定はたいがい知っている。
手合いやイベントの仕事がない日はアキラはいつも駅前の碁会所にいる。
ヒカルが気が向いたら出向くといった感じだった。
「絶対来て欲しいんだ。頼むよ、進藤。」
「う、うん、…わかった。」
念を押された事になんとなくヒカルは違和感を感じた。
電話の受話器を置いた後でふと明日がバレンタインデーだとヒカルは気付いた。
「…まさかな。」

予感は当たった。
「進藤、今日が何の日か知っているか。」
碁会所でいつもの奥まった席で碁盤を挟むなりアキラがそう切り出して来た。
「知って…るけど…」
ヒカルが周囲を気にしながら答えると、アキラが自分のカバンの中から紙袋を取り出し
ヒカルの前に置いた。小さなリボンがシール状のもので張り付けてある。
「ちょ、ちょっと待てよ、塔矢、困るよ。」


(2)
「?何が困ると言うんだ。いつも君はここでボクと碁を打ってくれるし、時々ここで
指導碁も引受てくれる。…ただ、少しお礼がしたいだけなんだ。」
思いつめたように見つめて来ていつになく殊勝なアキラの態度についヒカルも絆される。
「…まあ、そう言うなら…。」
そう言って紙袋を受け取ると、アキラはホッとしたような笑顔を見せた。
(こいつ、笑うと急に幼くなるんだよな。いつもニコニコしていればいいのに…
…まあ、それはそれでコワイけど…。)
そう考えながら紙袋の中を覗くと、甘いチョコの香りと供に中にタッパーが入っていた。
ヒカルの背筋に冷たいものが一筋走った。
「…上手く出来ているかわからないけど…」
アキラが恥じらうように視線を落とす。
(手作りかよっっっ!!!)
時々アキラの行動はヒカルの理解を超える事がある。慣れたつもりでいたが。
そしてアキラの痛いほどの視線をヒカルは感じた。
(…分かったよ、今ここで食えばいいんだろう。)
小ぶりのお弁当箱ほどの何の変哲もない白いタッパーなのが救いだった。
蓋を開けてもしもハート型のチョコだったら速攻逃げ出すつもりでいたが、
四角いキューブ型のものが入っていた。
ヒカルは恐る恐るそれを一つ摘んで口の中に放り込む。


(3)
チョコは生クリーム入りの柔らかな口当たりでヒカルの舌の上で滑らかに溶けていった。
「…んまい…!」
「良かった、母さんも喜ぶよ。そう伝えておく。」
それを聞いて思わずヒカルは素頓狂な声をあげた。
「えっ、これ、お前のお母さんが作ったもんだったのか。」
アキラが怪訝そうな顔になる。
「当然だろう。何故ボクが、君にバレンタインにチョコをあげなきゃいけないんだ。」
アキラが抗議するように顔を突き出して来た。
「う、うん、まあそうなんだけど…」
ヒカルが苦笑いしながらそう答えた次の瞬間、アキラの唇がヒカルの唇を捕らえ、
軽く舌でヒカルの口内を探った。
「…あ…」
突然の事にヒカルは呆気にとられたように呆然となる。アキラは悪戯っぽくちろりと
舌で自分の唇を舐める。
「君からチョコを貰うんだったらわかるけどね。…甘かったよ、ごちそうさま、進藤。」
ヒカルは顔を真っ赤にして慌てて周囲を見回すが、2人の行動に注意を払っていた客は
いないらしかった。
「打とうか。」
そう言って何事もなかったように碁笥の蓋を開くアキラに言葉をなくし、
溜め息をつくヒカルだった。
(本当にこいつってよくわからない奴…っていうか…何か悔しい〜!!)〔おわり〕



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