無題 1 - 3
(1)
ヒカルの耳は普通よりもちょっと尖っている。大きな目に、ちんまり
と形のいい鼻、ふっくらとした唇からはにょきっと可愛い二本の牙が顔
を出している。かぷりと噛まれたら痛そうだ。そして、小振りの桃のよ
うに柔らかいお尻からは先がハートの形をした尻尾が生えている。
そう、ヒカルは悪魔なのだ。
悪魔と一口に言うが、人間から魂を奪う手口は正に千差万別だ。用意
周到な罠を張り、どうしても自分の力を必要とする状況に追い込む者も
いれば、物欲に訴えたり、名声や長寿と引き替えにする者もいる。
しかし、ヒカルはどうも長期決戦は苦手であった。せっせと罠を作っ
て獲物が落ちるのを待つのはかったるいし、相手の欲しがりそうな物を
探るのも面倒臭い。手っ取り早いのが一番!というのがヒカルの持論だ。
では、何をするのかと言えば、人間の三大欲求の一つ、性欲を刺激し
てやるのだ。ヒカルと性交を行った時点で取り引きが成立するのだから
こんなに簡単なことはない。
ヒカルは、いわゆる淫魔という種類の悪魔だった。
人間で言えば男の性を持つにも関わらず、その一見可憐な容姿のせい
か、ヒカルに引っかかるのは男が圧倒的に多い。それこそ、年齢国籍に
関係なくだ。そこのところは、ヒカルもちょっとだけ自慢だったりする。
何も知らない無垢な子供を犯す愉悦に浸っている男の下で、するりと
衣を脱ぎ捨てるようにヒカルが本性を現す。相手が気がついたときは、
既にヒカルの中にがっぷりと大事なところを飲み込まれたままのだから
逃げることもできない。
(2)
まぁ、これ以上とない快感のうちに昇天できるのだから、そう悪くも
ない最後だろう。と、ヒカルは思っている。何しろ、ヒカルの秘門は自
分で言うのも何だが、極上の器なのだ。
しかし、人間の中にも妙に勘のいい者やヒカルたちを封じる力を持つ
者もいるので、気をつけなければいけない。魂を貰う前に返り討ちにさ
れることだってあるのだ。
今から千年ほど前、ヒカルも酷い目に遭ったことがある。
ふらふらと獲物を探していたヒカルは、京の御所でなかなかおいしそ
うな魂を見つけた。持ち主はまだ若く、美しい公達だ。名前は、そう、
確か藤原佐為と言った。
相手を警戒させぬようあどけない稚児の姿で近づき、彼の寝所に潜り
込むことに成功した。後はいつものように繋がり合って、佐為の隙を見
て魂を貰うだけと、考えていたときだった。佐為にとっては運のいい、
そして、ヒカルにとってはとんでもなく運の悪いことが起きた。
当時、都随一の陰陽師と噂されていた賀茂明が、所用により佐為の屋
敷を訪ねて来たのだ。
年の頃はまだ元服したばかり、まるで女子(おんなご)と見間違うよ
うな綺羅な容姿にも関わらず、その陰陽師力は本物で、すぐにヒカルの
正体に気づき、慌てて逃げようとしたヒカルを、五芒星形の中に閉じ込
めてしまったのだ。
そして、ヒカルが淫魔だと見てとるや、妖しを調伏するとか何とか理
由をつけて、無抵抗なヒカルを蹂躙しまくったのだ。もちろん、そんな
ことをする必要などまったくなかったにも関わらずだ。
(3)
気持ちのいいことは大好きだ。相手から代償として魂を貰うためなら、
手段を選ばないヒカルではあったが、あれはかなりきつかった。演技で
はなく、お願い、もう許して。何度も泣き、縋ったのに、あの野郎ー!
と、ヒカルの恨みも一塩だ。やっと逃げられたときは精も根も尽き果て
てふらふらになっていたのだから、当然かも知れない。
それ以来、ヒカルはかなり慎重になった。あんな目に遭うのはもうこ
りごりだった。
だが、千年も経ったここ、東京で、ヒカルはあの賀茂明の生まれ変わ
りに会ってしまったのだ。何で分かったかと言えば、姿形がそっくりだ
ったからだ。しかも、名前も同じ、アキラだ。名前は持ち主の力や運命
を現す鍵ともなる。彼、塔矢アキラが賀茂明の転生した姿であるのは、
間違いようがなかった。
冗談じゃないぜ。
どうやらアキラは昔の記憶もなく、陰陽師としての力も消えてしまっ
ているようだが、いつ目覚めるとも分からない。
どうしようかな。今のうちに殺っちまおうかな。いや、でも下手に刺
激を与えて覚醒されても困るし、放っておくか。
ヒカルにも都合というものがあって、せっかく馴染んだ今の縄張りを
捨ててどこかに逃げるのはちょっと惜しい。日本の中では一番人間の数
が多く、それに比例して秩序や性の乱れもある。若い、いや若いとは限
らないが、とにかくヒカルの獲物になりそうな男には困らないところだ。
まぁ、しばらく様子を見ることにするか。
とりあえずは今は目先のことの方が大事だ。
ヒカルは今夜の獲物を求めて、乱れた街へと向かった。
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