鵲の羽 1 - 3
(1)
どんな理由でこんなことになったのか、俺にはぜんぜんわからなかった。
「七夕だからさ、星見に行こうぜ!」
言いだしっぺの和谷は、星なんかてんで見ちゃいない。
小宮さんと一緒に花火をぐるぐる回して、はしゃいでいる。
「進藤は混ざらないのか?」
バケツ片手に、暗がりから姿を現したのは伊角さんだ。
「だってさ、星見にきたんだろ? 花火しにきたわけじゃないんだから」
「そりゃそうだな」
伊角さんは軽く笑うと、和谷たちの所へ行ってしまった。
オレはまた星を見上げた。
ありがたいことに、今日は朝から快晴で、夜空には数え切れない星が盛んに輝いている。
「綺麗だよな」
伊角さんの声がすぐ近くで聞こえたのに驚いて、オレはまた地上に目を向けた。
伊角さんはポケットから緑茶の缶を二本取り出して、オレに一本くれた。
「伊角さん、花火しないの?」
「帰りのこと考えるとね、体力は温存しときたい」
オレは、へへって笑って誤魔化すと、言い出しっぺの和谷を目で探した。
奴は、小宮さんと二人、花火を手に追いかけっこを始めている。
どうせ星を見るなら、たくさん見えるところに行こうと、国立の天文台がある野辺山に決めたのも和谷だった。
メンバーは、和谷とオレと伊角さんと小宮さんの四人。
免許持ってるのが伊角さんしかいないんで、往復で4時間以上運転することになる。
「オレも、18になったらすぐ免許取るからね」
「まだ先の話だな」と、伊角さんは朗らかな声を聞かせる。
新初段戦から耳目を集めた伊角さんは、順調に勝ちを積み重ねている。
この分だと昇段も早いだろう。
二人で緑茶を飲みながら、星を見上げた。
天の川を初めて見た。
名前は勿論知ってるし、写真で見たこともあるけど、生で見るのは初めて。
東京じゃ、見れるはずないし、旅先で星空見上げるなんて、考えたこともなかった。
(2)
「あ、進藤。あの星が織姫だぞ」
「え?」
「で、あっちが牽牛」
そう言って夜空を指差す伊角さんに、オレは思わず尋ねていた。
「織姫と牽牛って、星の名前なの?」
伊角さんが振りかえる。暗いので表情まではわからなかったけど、なんとなく呆れられてるのはわかる。
「進藤、おまえ今日が七夕だって知らなかったのか?」
「それは知ってるけどさ、そんな名前の星があるなんて知らなかった」
「小学校の理科で習うはずなんだけど………」
俺は勿論、笑ってごまかした。
「琴座のヴェガが織姫、鷲座のアルタイルが牽牛。ほらちょうど天の川を間に挟んでいるだろう」
そんな前置きで、伊角さんは七夕の事を詳しく教えてくれた。
「一年に一回、会えるんだ」
オレがそう言うと、伊角さんは「へえ」と意外そうな声を出した。
「オレ、おかしなこと言った?」
「いや、おかしくないよ。ちょっと面白いと思っただけ」
「面白い?」
「普通は、織姫と牽牛は一年に一回"しか"会えない、って言うんじゃないかな。
だから、進藤の答えが新鮮に聞こえたんだ」
「ふうん」
オレは軽く流した。
だって言えないよ。もう二度と会えないことに比べたら、一年待てば会えるなんて、幸せじゃん。
それからしばらくの間、オレたちはただ黙って、星を見上げていた。
きらきら瞬く星は、なにか囁いているようにオレには思えた。
なんだかそれは、凄くロマンチックで、凄く悲しい想像だった。
死んだら星になるなんて言うけれど、もしそれが本当なら、佐為の星はどれだろう。
きっと大きな星じゃないと思う。
小さいけれど、きらきら輝く星だと思う。
星でいいから、一年に一回、佐為に会えたら。
そしたら、オレはいろんなことを話すんだ。
オレがどんなに囲碁に夢中になっているか、聞いてもらうんだ。
ホント、一年に一回でいいからさ。
(3)
「伊角さん」
「うん?」
「織姫と牽牛はどうやって天の川を渡るの?」
「鵲がな」
「カササギ?」
「鵲って鳥が、何羽も飛んできて橋になってくれるんだって」
鳥が……。
ふうん、オレのとこにもカササギが飛んできて、佐為のとこまで橋になってくれないかな。
そしたら、オレは鳥を踏んでいくのか?
「伊角さん…、カササギもいい迷惑だね」
オレの一言に、伊角さんは声をあげて笑った。
「そうだよな、鵲の羽で、人の重みに耐えられるはずないよな」
「羽?」
「そう、羽を広げて、橋を作るんだ」
――――― 羽を…広げて……?
オレはそのとき、気がついた。
オレはもう、自分のカササギの羽を持っていることに。
夢の中で佐為がくれた扇子。
あれが、オレの橋なんだ。
オレは、19路の宇宙に、あの扇子を頼りに飛んで行ける。
白と黒の星が輝く中で、オレはいつでも佐為に会えるんだ。
「伊角さん、オレ……もうそんなに織姫たちが羨ましくないや」
「……進藤?」
向こうで和谷が手を振っている。
最後の線香花火ぐらい付き合えよと、喚いている。
なんで、花火の締めは線香花火なんだろうね。
「伊角さん、行こう!」
俺は勢いよくベンチから立ち上がると、伊角さんの手を引っ張って、和谷たちのほうに走っていった。
そのとき、目の端で、星が流れた。
〜 終 〜
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