日記 1 - 3


(1)
オレは今日から日記をつけることにした。
もっとも、この手のことに長続きした試しはないから、
いつまで続くかわかんないけどな。
今日、この帳面……ノートって言うより帳面の方がらしいね……を見つけなかったら、
きっとそんな気持ちにはなんなかった。
表紙には、青紫色の奇麗な花の絵が描いてあって、
中は、ページごとにその花のすかしが入っている。
塔矢は、リンドウなんてオレのイメージじゃないと言って笑った。
その一言でこの花の名前が、竜胆だってわかった。
凛としてきれいだからリンドウかと思ったのに、何かごつい字だなあ。
塔矢の言うとおり、竜胆はオレじゃないよ。
目にした瞬間どうしても、欲しくなって、気がついたら買っていた。
これが衝動買いってやつなのかな?
それにしても、塔矢って何でも良く知っているよな…。


(2)
今日、棋院で緒方先生に会った。
水槽を見ていたら、後ろから声をかけられた。
棋院でも緒方先生の家でも、いつも、水槽を見ているってからかわれた。
この前、塔矢にもおんなじこと言われたなあ。
「進藤は、時々、水槽を見ながら遠くを見てる」って―――――
そう言うときのオレは声を掛け辛いらしい。
オレの世界を邪魔したくないって。
そう、塔矢は言うんだけど……
ううん…ちがうよ。
そんな、ロマンチックなものじゃないんだ。
いつも、アイツがそれ見てはしゃいでいたから、
つい、癖で立ち止まっちゃうんだよ。
だから、テレビでも、パソコンでも、挙げ句の果ては自販機の前でも
ぼーっと考えちゃうんだよ。
端から見ると、変だと思われてるよ。きっと。
自販機の前で考え込んでるオレなんてさ。

だって、オレばっかりアイツのこと思い出してさ。
周りの人は誰もアイツのことなんて知らないから、
楽しそうにしてて…そういうの見るとちょっと切ないよな。
何だか、悲しくなってきた。もう、寝よ。


(3)
今日は、「週刊碁」の取材だった。
若手棋士達のプロフィールとかを載せるそうだ。
「尊敬する棋士は?」と、訊かれて、オレは「秀策」って答えた。
塔矢は「塔矢行洋です。」と、誇らしげに言った。
塔矢の瞳はキラキラしていて、オレはうらやましかった。
本当は、オレだってアイツの名前を言いたかった。
でも、以前、学校の先生はアイツはいなかった、て言った。
きっと、みんな「秀策」の名前は知ってはいても、アイツなんて
誰も知らないだろう。
緒方先生だって、塔矢先生だって、みんな「sai」のすごさを知っている。
でも、アイツのことは誰も知らないんだ。
事情を知っている奴がいたら、
「彼と秀策は同じなんだからいいじゃないか」と
言うかもしれないけど……それじゃ、嫌なんだよ。
自分でも、よくわかんないけど、嫌なんだ。

オレがいつか、緒方先生や塔矢先生――――ううん、アイツみたいに強くなったら
堂々と言う。
「オレが尊敬しているのは、藤原佐為です。」って……・。
みんなが知らなくても、笑われてもきっと言う。
「最高の師だ」って、きっと、きっと。



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