初めての体験 Aside 番外・ホワイトデー 1 - 3
(1)
ホワイトデーの今日、ボクは朝から台所で奮闘中だ。すべては、愛する進藤のためだ。
バレンタインデーに渡したボクの手作りチョコが、思いの外ウケたのだ。
「すごーくウマイよ。また、作ってくれよな?」
進藤は頬にチョコをつけて、とろけそうな甘い笑顔をボクに向けた。ボクはその笑顔に、
チョコフォンデュみたいにとろとろに溶かされてしまった。
そして、現在、進藤のリクエストに応えるべくボクはがんばっているのだ。幸い本も
道具もすべてそろっている。全部お母さんがそろえたものだ。お母さん、どうもありがとう。
懺悔します。お母さんの作ってくれた夜食……………いつもこっそり処分していました。
ゴメンナサイ。
だけど、お母さんのケーキ……歯が軋むほど甘いです。お父さんは、無表情ですが絶対、
嫌がっています。糖尿の心配をしているのがボクにはよくわかります。糖分の取りすぎは
体によくないです。動脈硬化になるし、そうなると心臓にもますます負担がかかります。
―――――ハッ………お母さん………もしかして狙っている?
冗談はさておき、今は、お母さんのケーキよりも甘い進藤に夢中です。お母さんのコレクションは
最大限活用させて貰います。
自分の食事はおざなりにしても、進藤のためにはどんな努力も厭わない。本当にボクの
生活は進藤を中心に回っているとしみじみ感じてしまう。
(2)
初心者のボクは、まずは簡単なチョコレートの作り方を、数冊の本を読み比べて研究した。
細かいところは、本によってまちまちで、その辺は適当にいいところだけを取った。正確に
分量を量り、慎重に材料を混ぜる。ボクは完璧主義者なので、寸分の狂いも許せないのだ。
そして漸く第一号が完成した。
「これは“必ず進藤に食べて貰うぞチョコ第一号”と名付けよう……」
初めてにしてはまずまずの出来だった…………が、まだ、進藤にプレゼントしても良い域には
達していない。ボクは、すぐに第二号の制作に取りかかった。
試行錯誤を繰り返し、十号まで作ったとき、やっとそれは完成した。色、形、ツヤ、舌触り、
そして何より一番大切な味………どれをとっても申し分のない出来だ。これなら進藤も
満足するだろう。自信がある。
きれいにラッピングをして、紙袋にいれた。ボク自身はもうチョコレートは、見たくない気分だった。
大量の試作品が冷蔵庫に収められているが、これは後日、芦原さんか緒方さんにでも、
食べて貰うことにした。
研究会の日、ボクは二人に、その辺にあったタッパーに、適当に放り込んだチョコレートを
渡した。
芦原さんは困惑しつつも、礼を言って受け取った。芦原さんはボクには逆らえない……
…逆らわない方がいいことをちゃんと知っている。
だが、緒方さんは滅茶苦茶嫌がった。それはもう、日頃のクールさはどこへやら……
見栄も世間体もかなぐり捨てた激しい抵抗だった。どうやら、彼は、ボクの本性に薄々
感づいているらしい。ボクが生まれる前から、家に出入りしていただけのことはある。
し・か・し!緒方さんには、まだ、何もしていないのだ!!チャンスを窺っては、いるのだが、
彼はなかなか隙を見せない。ムカつくので、次は本当に毒でも入れてやろうかと思っている。
結局、チョコレートは全部芦原さんが持って帰った。全部食べたかどうか、今度、聞いて
みよう。
(3)
そして、バレンタインデー当日……ボクの予想通り、進藤は喜んでくれた。そして、その
おかげでボク自身も充実した夜を過ごすことができた。不思議なことに、あれほどチョコは
もう食べたくないと思っていたのに、進藤のチョコレートは全部食べてしまった。味も形も
最低なのにすごくおいしく感じたのは何故だろう。これは絶対愛のなせる技だと確信している。
「さあ、これで完成だ。」
最後にアイシングでメッセージを書き入れた。今回は、チョコレートケーキに挑戦したのだ。
前回が入門編だとすると、今回は中級編くらいだろうか。
それにしても、自分の才能が怖い。ボクは頭もいいし、顔もいい、碁の実力は言うまでもない。
その上、料理までできるとは………。完璧だ。強いて欠点を上げるとすれば、性格がコレな
ことと、服装がアレなことだろう。だけど、これだけはあえて言わせてくれ。服はお母さんの趣味だ!!
ボクは着るものには頓着しない。つーか、ボクの外見で、進藤のようなストリート系は
激しく浮くだろう。アレくらいジジむさい服装でちょうどいいのだ。言ってて少し悲しいけど………。
とりあえず、ケーキはできあがったものの、進藤との約束の時間まで後一時間しかない。
その間に、部屋の掃除をして、お茶の用意をしなければ………それから、風呂の掃除と
そうそう、シーツも替えておかなくちゃね。夕食は外ですませよう。
ああ〜早く進藤来ないかな(はぁと)
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