告白 1 - 4
(1)
「…進藤は、好きな女の子とか、いるの?」
唐突に問われて、ヒカルは戸惑った。
咄嗟に浮かんだのはあかりの顔だった。
「ヒカルが好きなの」
そう言ってきたあかり。
「不安なの。
今までずっと一緒だったのに、なんだかヒカルがどんどん遠くに行っちゃうみたいで…」
そうは言われても、幼なじみのあかりを、そういう風に考えた事は無かった。
「ヒカルはあたしの事、キライ?」
嫌いな訳じゃない、だけど―どう応えたら良いかわからずにうろたえているヒカルの顔に、
あかりの手が伸ばされ、そして、唇に唇が重ねられた。
「…ごめんなさいっ!」
そう言って、真っ赤になってあかりは部屋を駆け出して行き、呆然としたままのヒカルが一人、
取り残された。
だから、塔矢アキラに好きな娘がいるか、と問われれば浮かんできたのはあかりだったけれど、
けれど自分があかりを好きなのかどうかはよくわからなかった。
「…よく、わかんないな、オレ。」
そう応えるしかなかった。
「まだ、オレにはよくわかんないな、そういう気持ちって。塔矢は誰かいるのか?そういうヤツが。」
「いるよ。」
何の迷いもなく応えたアキラに、ヒカルは少し驚いてアキラの顔を見た。
意外だった。囲碁しか知らないような『塔矢アキラ』に好きな相手がいるなんて。
それは誰だ、と問う間もなくアキラはヒカルを正面から見据えてこう言ったのだ。
「キミだよ。」
(2)
「えっ?」
一瞬、言葉の意味が届かなかった。
「キミだよ…って、何が?」
「ボクが好きなのはキミだよ、って言ったんだよ、進藤。」
「…冗談…だろ?]
うろたえながら、ヒカルは応える。
「大体、好きな女の子って、オレ、男だぜ?」
「知ってるよ。でも、男でも、ボクが好きなのはキミなんだ。」
「好き、…って、オレ達、ライバルだろ?どうしてそういう話になるんだよ?」
「そんなの、ボクにだってわからないよ。どうしてかなんて。でも、駄目なんだ。
考えるまいと思っても、キミの事ばかり、考えてしまう。
思い浮かべるのは、いつだってキミなんだ。だから…」
「ちょ、ちょっと待ってよ、塔矢。そんなはずないよ。
だいたいそんなこと、急に言われたって、オレ…困るよ。」
駄目だ。こんな風に追いつめちゃいけない。
そう思いながらも咎めるような言葉ばかりが口から出てしまう。
「だって、それじゃ、それじゃさ、おまえ、オレの事、キスしたいとか、そういう事思うわけ?
そんな事ないよな?」
「…思うよ。」
「ヘンだよ、塔矢、おまえ、おかしいよ。どうしていきなりそんな事、言い出すんだよ?」
責めるようなヒカルの言葉に、アキラが俯いて顔をそむけた。
「…悪かったよ…キミの気持ちも考えないで…」
そんなうなだれたアキラを見て、ヒカルはもう、何も言えない。
薄暗い碁会所の中を沈黙が支配した。
(3)
「ゴメン、先に帰らせてもらうよ。悪いけど、戸締まりしておいて。」
長い沈黙の後、アキラはそう言って机の上に置いてあった鞄をつかみ、ヒカルに背を向けた。
「…待てよ!塔矢!」
立ち去ろうとするアキラの腕を掴んで、引き止める。
振り向いたアキラの目に涙が浮かんでいる。
「おまえ、もしかして泣いてるのか…?」
目をそらせて、アキラが言う。
「好きだって言った相手に、ヘンだって言われて、拒絶されて。涙ぐらいでて当たり前だろ。」
冷静だと思っていたアキラの声がふるえている。
「違うんだよ、オレ、おまえの事キライなわけじゃないんだ、でもあんまり急だったから…」
「…いいよ、もうわかったから、手、放せよ。」
「…嫌だ。」
捕らえたこの手を離したくない。何故か、そう思った。
逆に腕に力を入れて、アキラを引き寄せる。
「放せよ!これ以上…ボクをみじめにさせるなよ…!」
「嫌だ、放さない…!」
(4)
なぜそんな事をしたのかわからない。
わからないまま、アキラの身体を引き寄せ、そしてその唇に自分の唇を重ねた。
音を立てて、アキラの鞄が床に落ちる。
呆然として、目を見張っているアキラにヒカルはこう告げた。
「オレも…オレも、お前が好きなんだよ。塔矢。」
ウソだ…、そう動くアキラの唇を見詰めたまま、もう一度、言う。
「そうなんだよ、きっと。オレは、ずっと、おまえを追ってきた。おまえに追いつきたいと、
おまえの目をオレに向けさせたいと思って…。
そうだよ、きっと、今まで気がつかなかったけど。
おまえが好きなんだ、塔矢。」
そうして、まだ、信じられない、という目をしているアキラの顔を両手で挟んで、もう一度
その唇にそっと触れた。
男でも唇は柔らかいんだな…
アキラの唇に触れながら、ヒカルは思った。
|