pocket size 1 - 4


(1)
前期試験も終わった木曜日。
読み切りも終わり胸にポッカリと穴が空いたような気分だった俺は、
一人で弁当を持って散歩に出かけた。

下宿のある住宅街から少し離れて、舗装されていない坂道を上っていくと
小高い丘みたいになっている場所に出る。
静かで見晴らしがいいし、木々が木陰を作って夏でもわりと涼しいので
一人でのんびりしたい時には絶好の場所だ。
ベンチも何もないので、草の上に直接座り込むとジーンズを通して草と地面の
ひんやりとした感触が伝わってくる。
(さてと・・・)
ガサゴソとコンビニの袋から弁当と烏龍茶のペットボトルを取り出す。
弁当を開けると中華おこわの飯粒がいくつかフタにくっついていた。
来る途中結構揺れたもんな、とか思いながらフタを傍らの草の上に置いて、
俺はのんびりメシを食い出した。


(2)
(こんな時、隣にアキラたんがいてくれたらなあ・・・)
コンビニ弁当も悪くはないが、一人で食うとなるとやはり侘しい。
アキラたんが北斗杯合宿の時みたいに横で甲斐甲斐しくお茶を淹れてくれたり、
アキラたんそれ美味そうだね、えいっ一口いただき!パクッ!あっひどい英治さん!
なんてじゃれあいながら二人で食えたらどんなに幸せなんだろう。
・・・でもアキラたんはいない。
少しぬるくなったペットボトルの烏龍茶を開けてゴクゴクと飲む。
ぷは〜、と切なさ混じりに一息ついてふと傍らを見ると、そこに何か違和感があった。
「?」
なんだろう・・・さっき置いたフタはそのままあるし、周りにも特に変わった様子は
ないのに、何かが違う。
気のせいかな。
気を取り直して弁当の続きを口に運ぼうとした時、箸が滑ってうずらの玉子を一つ
草の上に落としてしまった。
トホホと思いながら小さな玉子を指でつまみ上げ、後で捨てるものとしてフタの上に置く。
それからまた数口食べ進んで、苦手な酢豚の中のパイナップルを箸で選り分け、
これも後で捨てるものとしてフタの上に隔離しようとした。
「???」
また何か違和感がある・・・なんだろう。
(あ、そうか)
違和感の正体に気がついた。今目の前にあるフタの上には、何も載っていないのだ。
おこわの飯粒も、さっき載せたうずらの玉子もきれいに消えてなくなってしまっていた。


(3)
蟻・・・なら飯粒はともかく、こんな短時間に彼らの体重の何倍もあるうずらの玉子を
運び去ることはできないだろう。
腹を空かせた野良猫か何かが音もなく忍び寄って、俺の気づかないうちに食物を取って
いったのかもしれない。実家の猫にもしばらく会っていないし、もし猫がいるなら
久しぶりに撫でたかった。
「・・・・・・」
試しにパイナップルをフタの上に置き、そのまま放置してみることにした。
全身の神経をフタ側に集中させながら、無関心を装って食事を続行する。
するとさわさわ草を掻き分けて、何かが近づいてくる気配がした。
まだだ、もう少し引き付けてから、驚かさないように・・・でもずいぶん軽い足音だな。
よっぽど小さい仔猫か何かなのか・・・
好奇心に耐えかねてそーっと横目でフタのほうを見た俺は己が目を疑った。

見間違えるはずなんてなかった。
あの漫画を知ってから約1年間、昼も夜も想い続けたその相手がそこにいた。
きっちり切り揃えられた黒い髪。大きなネコ目に作り物のように整った顔立ち、
スラリとした白い体。
絵じゃなく三次元だけど一目でわかった。絵から抜け出してきたようなという表現が
ぴったりな、漫画の絵そのままのアキラたんだった。
ただ漫画のアキラたんと違っていたのは、そのアキラたんが人形みたいに小さくて
おまけに裸だったことだ。


(4)
「・・・・・・」
息をすることも忘れて見守る俺に気づかない様子で、
そのちさーいちさーいアキラたんはコンビニ弁当の透明のフタの傍らに膝と手をつき、
身を乗り出してそこに置かれているパイナップルの匂いをふんふんと嗅いだ。
少し首を傾げて、それから両手を伸ばしてパイナップルを抱え上げ、うんしょと
運んで行こうとする。
あっ、待って・・・行ってしまう。行かないでくれ!

「アキラたん!」
思わず大声で呼びかけた。
アキラたんの痩せた白い背中がびくぅぅっとして、俺を振り返る。
驚いて見開かれたネコ目。ああその目だよアキラたん。やっぱりアキラたんなんだね!
夢にまで見たアキラたんに会えた喜びで感動している暇もなく、
俺に見つかったアキラたんは泣き出しそうな顔で「ごめんなさい」と叫び、
パイナップルをそこに投げ置いて駆け出した。
「あっアキラたん。待ってくれ!」

アキラたんはアキラたんなりに全速力で走っていたのだと思う。
だが何せ体の大きさが違いすぎるから、3秒と追いかけっこしないうちに
あっさり俺の両手に捕まえられてしまった。
「やっ・・・!」
アキラたんはじたばた手足を動かし、かぷ、かぷ、と俺の手に何度も噛みついたりして
必死で逃れようとした。
「アキラたん、落ち着いて。何もしないよ、大丈夫だから」
俺も必死で説得を試みた。アキラたんはそんな俺の言葉も耳に入らない様子で
しばらく暴れていたが、やがて観念したのか抵抗をやめ、泣きそうな顔で俺を見つめた。



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