青炎 1 - 4
(1)
「現在 大雪のため都内の電車は運転を見合わせております。今後の構内放送に御注意下さい。」
駅の構内に大雪で運転中止の放送が何度も流れた。
アキラは電車の中で眠り込んでしまい、終着駅まで来てしまった。
その時には すでに電車が大雪のために運転見送りになっていてホーム・構内に
多くの人達が足止めされていた。
「まいったなあ・・・どうしようか・・。」
アキラは とりあえずタクシー乗り場に行ってみたが、長蛇の列で2・3時間は
軽く待つように見受けられた。
バス乗り場にも足を運んだが同じく多くの人達が並んでいた。
ちょうど その時、アキラの横にいる若いカップルの会話が耳に入った。
「ねぇ交通機関が みんなストップしているって構内のテロップで出てるよ。」
「ちょっと待てよ。今 携帯で情報調べているし・・・あっ出た。
ってオイオイ、道路も大雪で閉鎖されてるってよ。じゃあバスもタクシーも両方ダメじゃねえか!」
それを聞いてアキラはカップルに話しかけた。
「あの・・・今の話、本当ですか?」
「ああ そうみたいだよ。こりゃ もう当分交通は回復しないから移動は諦めたほうがいいよ。
店にでも入って様子見るしかないな。」と、男が教えてくれた。
「・・・そうですか どうもありがとうございました。」
アキラは丁寧にカップルに礼を言い、その場を離れた。
カップルの女が「今時しっかりしたコね。それに結構可愛かったな。」と
言うと、男はジロっと女に向かって睨み、女はバツが悪そうに苦笑いした。
(2)
アキラは家に電話して帰れない事情を話し、折りたたみ傘を開き差すと駅を後にした。
駅が都内の外れにあるので深夜の元旦に営業している店は なかなか見つけられなく途方にくれていると、
前方の遠くに ひときわ明るい光があり そこに人の出入りしているのが見えた。
気になり近付いて見ると雪が降る中、小さな神社で初詣参詣が行われていた。
境内では鳥居の両側に大きな焚火をしていて、人がまばらに火に当たっていた。
一向に止まない雪の中を歩いてきたアキラは、暖かそうな焚火の火につられて神社に入った。
傘を左手に持ち右手を焚火にかざすと少し温まりホッとした。
しばらくそうしていると、アキラの右隣で焚火に当たっている中年男性が話しかけてきた。
「君まだ中学生か高校生だろ? こんな夜遅くに1人でどうしたの?」
「家の用事で出かけたんですが遅くなって電車が雪で止まってしまい帰れなくなったんです。」
「えー、そりゃ災難だったね。じゃあ あそこで甘酒をタダで配っているから飲んでいきなさい。」と
心配そうに言った。
「ありがとうございます。」とアキラは答え、甘酒を貰いに行った。
甘酒を飲みながら焚火の火に当たっていると不思議に落ち着いてきて気持ちが和らいだ。
他の人達も同じ気持ちらしく、一向に火から離れなく雑談をしていた。
雪は焚火の炎の中に舞うように降ってくるが、すぐその姿を消していく。
じっと炎を見ているとなぜかフッとヒカルの顔が頭に浮かんだ。
ヒカルにキスをした時から自分の中の何かが変わったような気がした。
心奥底に微かに湧き上がる感情は、今 自分の目に映る炎のような印象を受けた。
その炎は焚火のような紅い炎ではなく、青い炎のように感じた。
でもアキラは・・気のせいだろう・・と、深く考えずその感情を無視した。
新年が明けてすぐ神社にいるので とりあえずお参りでもしようと思い
神殿前に行き お賽銭を投げ鈴を鳴らし、いい碁が打てるようにと祈願をした。
境内を見回すと神社の事務所が開いていて巫女がお守りや破魔の矢などを販売していた。
アキラは興味がわき見に行くと おみくじがあったので暇つぶしに引いてみた。
(3)
「えーと、運気は・・・中吉。今年は良くも悪くも試練の時なり。運気に落差が激しいので用心せよ・・か。」と
言い、他の気になる部分にも目を通した。
願事(ねがいごと)叶うが試練も多し。
学問(がくもん)安心して勉学せよ。
争事(あらそいごと)勝つ心落ち着かせれば吉。
恋愛(れんあい)誠意を尽くして接せよ。
病気(やまい)心の病に気をつけよ。
「こんなものかな。・・・恋愛は誠意を尽くして接せよ・・か。まあ 今のボクには碁が大事だから
関係ないけど。」と、おみくじを縦に細く折り木に結んだ。
焚火に当たっている時に近くの人に近場の深夜営業している店の場所を聞いていたので
そのまま神社を後にして店を探した。
すぐファミレスが見つかり店内に入った。
大晦日に寺院で蕎麦を頂いてから きちんとした食事を取っていなかったのでコーヒーと海老ドリアを注文した。
店内では元旦であるのに結構人がいて賑わっていた。
「もう2時40分か・・・。」とロレックスの腕時計を見てアキラは溜息をついた。
ロレックスの腕時計は父の行洋から譲り受けた物で、アキラは とても大事にし
いつも肌身離さず身に付けている。
窓の外を見ると まだ雪は降り続いているが、やや小降りになってきたように見えた。
アキラは食事を終えるとカバンから詰碁集を取り出して、それに集中した。
『無駄な時間は過ごしたくない。全ては囲碁の鍛錬に費やす。』
そんなアキラの碁に対する姿勢は父の行洋ゆずりである。
元旦の深夜のファミレスで詰碁集に真剣に見る姿は、店の従業員・他の客の目に異質に映り注目を浴びた。
だがアキラは その視線に一向に気付かなく黙々と詰碁の本を見ていた。
雪は ようやく明け方で止んだ。
結局 電車は朝まで動かなく、アキラはずっとファミレスで時間を潰し家に着いたのは朝の9時だった。
(4)
母の明子は いたく心配していてアキラがいつ帰ってもいいようにと風呂を沸かして
食事を用意していた。
アキラは帰れなくなった本当の理由は黙っていたので明子の気遣いに良心が痛んだ。
風呂に入り食事を取って くつろいでいると緊張感が解けたのか一気に体がだるくなり疲れがどっと出た。
アキラは自分の部屋に戻り少し寝る事にした。
そんな様子を明子は笑顔で「アキラさん おやすみなさい。今度起きたら おせちとお雑煮を用意するわね。」と
声を掛け、行洋は何処となく以前とアキラの雰囲気が変わったのを敏感に察知したが
特に問題はないように見えたので 気にかけなかった。
アキラは畳に布団を引いてから寝巻きに着替えて布団の中に体を横たえた。
布団に入ると すぐ うつらうつらと眠くなった。
段々と意識が遠のいていく中、一瞬ヒカルの姿が頭をよぎった。
その時 アキラの瞳の奥底で青い炎の影がちらついた。
──進藤はボクのライバルで、それ以上の感情はない──
自分に言い聞かせたその瞬間、アキラは深い眠りに落ちていった。
《光明・番外編ー青炎/完》
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