平安幻想異聞録-異聞- 1 - 4


(1)
「恨むなら、佐為の君を恨むがよろしい」
男達に押さえつけられ、狩衣をやぶられて、ヒカルは歯噛みした。

事の起こりは、日も落ちて、あたりも暗くなりはじめる頃。
一日の仕事を終えたその帰り道。
近衛ヒカルが竹林の前を通りすがった時だった。
突然、道の脇から飛びだした男達に囲まれた。
しかし、これが普通の野党であったなら、話は簡単だったのだ。
ヒカルとて年若いとはいえ、都を守る検非違使の役職を務めあげ、
ましてや、かの佐為の君の護衛にまで抜擢された身――剣の腕には覚えがある。
一太刀に切って捨てていたはずだ。
実際、ヒカルは複数の影が周りを取り囲んだ瞬間に太刀を抜き放ち、
流れるような一動作で、すぐ左側に立つ男をけさ懸けに切ろうとしていた。
その腕が止まったのは、その男達の後ろから現れた2人の人物に気をとられたからだ。
「座間様…、菅原様…」
そして、その一瞬の躊躇が命取りになった。


(2)
あっという間に、引きずり倒され、竹やぶに引き込まれた。
体の大きさがヒカルの3倍はありそうな大男が、上に馬乗りになり、
素手で力に任せて、ヒカルの青い狩衣を引き裂いた。
「やめ…何すんだよっっ!」
渾身の力をこめて暴れるが、他の3人の男達がそれぞれに
両手と、右足、左足を押さえ込んでいるので身動きひとつできない。
あっと言う間もなく、ヒカルの上の大男は引き裂いた狩衣をヒモのように利用して
両腕をひとまとめにしてくくりあげ、ヒカルの頭の上方の竹に縛りつけると、
さらに両足を大きく開脚した状態のまま、右足首と左足首をそれぞれ、
右下方、左下方の竹にキツクくくりつけてしまった。
「良い格好だな、近衛ヒカル」
ヒカルが完全に身動き出来なくなったのを見届けて、黙って身を離した夜盗風の男達の
その向こうからヒカルを見下ろしていたのはまぎれもなく、座間長房と菅原顕忠。
その姿を認めたとたん、ヒカルの頭からは敬語という概念はふっとんだ。
「座間、菅原、てめぇら、何すんだよ!!」
「恨むなら、佐為の君を恨むがよろしい」
菅原は、その独特のヤモリにも似た笑いを頬に浮かべた。
「さきの妖怪退治の1件で、我ら座間一派は、藤原一派によって、
 名にこれ以上ないほどの泥を塗られた。ここは藤原行洋殿や藤原佐為殿に
 直接意趣返しをしたいところだが、もはや、かの1件は都中の者の知るところ。
 あの事件のすぐ後に、かの者たちの身に何かあれば、彼らに恨みを持つ我々に
 まず疑いがかかるは必須。
 さて、このまま、腹の煮えくり返る思いに耐えねばならぬのかとおもいきや、
 いやはやどうして、かの事件の中枢にかかわりながら、
 いまだ世間にその存在があまり知られておらぬ人間もおるではないか、なぁ、近衛殿」


(3)
「な、なんだよ、それ…」
菅原がねっとりとした手つきで、見上げるヒカルの頬をなでおろす。
「佐為殿や賀茂殿に何かがあれば、だれもが騒ぎだすだろうが、検非違使ひとり
消えたところで、誰も気にしないということですよ、近衛殿」
ヒカルは息を飲んだ。
確かに、妖怪退治の殊勲者の一人であるにもかかわらず、肩を並べて戦った賀茂アキラや、
囲碁占盤で妖怪の出現場所を特定した藤原佐為に比べると、ヒカルの宮中での知名度は
はるかに低かった。
アキラが妖怪を封じたその影で、命がけで妖怪と戦いこれを弱らせた
ヒカルの存在が不可欠だったにもかかわらず、また、佐為が妖怪の出現場所を
的中させたその裏で、精神的にもろく、時に小さな人間関係のひずみにすら心を
ゆらす佐為を支え続けたヒカルの存在が不可欠だったにもかかわらず、――
『いつも、佐為の君にくっついて歩いている敬語使いの下手な少年検非違使』――
それが、宮中でのヒカルの認知度であった。
「明日、お前が出仕せず、佐為殿が違う検非違使を護衛に連れ歩いたとしても、
誰も気にしないであろうよ」
菅原の薄ら笑いをたたえた爬虫類のような目に、ヒカルはゾッとした。
「――佐為殿への意趣返しとしてはいささか下世話な手段ではあるがな。さてさて、宴の用意じゃ」
パンパンと菅原が手を叩くと、あの夜盗風の男達が再び寄ってきて、今度は
よってたかってヒカルの衣類に手をかける。ヒカルも必死の抵抗を試みたが、
両手両足が戒められた状態ではそれもかなわず、あっというまに着衣の前を
はだけられてしまった。健康的に適度に日に焼けた腕等と違い、普段は着衣の奥に隠された、
眩しいほどに白い太ももが夜風にあらわになる。
『絶景絶景」
そう言って、菅原のうしろからずいっと出てきたのは座間だった。


(4)
「座間、てめぇ!こんなことしてタダですむと思うなよ!」
「いやはや、顕忠。今宵の宴の肴は元気がよいのう」
「まことに、座間様…。でも、これぐらいの生きのよさなければ
 喰らいがいもありません」
「どれどれ、普段は佐為殿が独り占めしているこの珍味を、
 ひとつ賞味させていただくこととするか」
「どうぞ、ごゆるりと」
座間はその言葉に、ヒカルの足の間に立つと、じっくりと星明かりに照らし出された、まだ
幼さの残る肢体を眺めおろした。そのなめるような視線にヒカルは背筋が泡立つような
気味の悪さを覚え、思わずさけんだ。
「見、見世物じゃねぇぞっ!」
「なに、見るものじゃない?それでは、触るものかな?」
喉の奥で笑いながら座間がヒカルの上にのしかかる。
自分の腰から胸へとじっとりと撫で上げる座間の手の感触に、ヒカルは
自分が置かれた本当の状況にようやく気づいた。
殺されると思っていたのだ。佐為への仕返しに。よってたかって殴られるか切られるかして、
なぶり殺されるのだと思っていた。だが、自分が思っていたのと、その「なぶる」の意味合いが
少々違うことに、ヒカルはようやく気づいた。
「や、やめろよ…」
「肴が何か、わめいておるのう」
「いやだ…」
腰から胸を撫で上げた座間の大きな手のひらは、今度は肩から背中に廻り、
背筋をゆっくりと臀部に向かって撫で下ろしていく。
振り払おうにも手足は動かせず、必死で体をよじったが、座間の大きな体にのし掛から
れた状態では、それもたかがしれていた。
竹やぶに引きずりこまれたときから、覚悟はしていた。どうせ殺されるなら近衛の家の名に
恥じない死に方をしよう。命乞いなどするものかと。だが、この状況は……。
座間の骨張った手が、後ろから臀部を割って入り込んでくる。



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