マタ〜リ!秋の小一時間スペシャル!! 浮かれモードでイゴレンジャー!! 1 - 4
(1)
9月末日、晴れ。
ヒカル、和谷、伊角、越智、奈瀬の5人は、棋院の六階にある
『粲々の間』に集合していた。
「今日は何の集まり?」
一番遅く到着したヒカルが、下座に座っていた奈瀬に訊く。
「私も良くわからないの。ここにいるみんなも、まだ何も知らされてないって」
「ふーん」
「ねぇ、進藤がさげてきた黒のバッグ、カッコいいねー。あれってブランド物じゃない?」
「ブランド物?」
小首を傾げつつ、ヒカルが遠くに置いていた自分のバッグを引き寄せた。
「誕生日プレゼントで貰ったやつだから、オレそういうのわかんねーんだよ。
高いの?これ」
「ちょっと見せて…うーん、やっぱりプラダだ。値段、結構すると思うよ」
奈瀬の鑑定結果に、照れ笑いを浮べたヒカルの顔が徐々に曇り始める。
「そっかあー、アイツに悪いことしちゃったなー…」
伊角と和谷は顔を見合わせた。
ヒカルの言う“アイツ”が誰を指すのか、いますぐトイレに軟禁して
小一時間問い詰めたいところだが、残念なことに約束の時間まで残り十分程度しかない。
二人同時に手際よくハァハァ尋問できたとしても、後始末を含めて最低三十分は
かかるだろうし、それにどうせハァハァするのなら、大金を積んでヒカルを一晩貸し切り、
ゴージャスに『朝まで眠らせないよコース』を選択したい。
(※『ヒカルたんとハァハァ☆クルージングナイト』の申し込み受付は終了いたしました。
沢山のご応募、ありがとうございました)
「残念だな、伊角さん」
「ああ、もう少し時間があればな…」
部屋の隅で悔し涙を流している漢二人の背中に、奈瀬がプッと毒矢を飛ばした。
「“誰に買ってもらったんだ!”って、進藤に男らしくズバッと訊けばいいじゃないの。
アンタ達、最近ウジウジ加減が似てきたわよ」
「マジで?オレ、伊角さん並にヘタレてきてる?やっべー、それはやべーよ」
「………和谷……やっぱりオレのことキライなんだな……」
「つーかさ、訊かなくても大体見当がつくからムカツクんだよ。お高いバッグ買ってやったの、
どうせあの浮かれ王子だろ」
「浮かれ…まだアイツと続いてたのか、進藤ォォォ!」
さらに涙を流す伊角の肩に、奈瀬がそっと手をかけて言った。
「でもね、少年帝王って今それどころじゃないなずなのよ。裏関西を取り仕切る“黒夢團”が、
毎晩帝國に攻めて来てるんですって」
(2)
裏関西──それは少年帝國が統治している裏日本にぽっかり空いた、
お好み焼きとたこ焼きが絶品ウマー!な鰹だしデルタ地帯。
そこを拠点に暗躍している“黒夢團”とは、帝王アキラがイゴレッド奪取に躍起になっていた
手薄な時期を狙って帝國領域内に攻め入り、巧みな話術と類稀なる棋力で着々と領土を広げていった
したたかな一族の総称である。商魂逞しい彼等が、トレードマークの爆弾を片手に
裏西日本全域を制圧するのはもはや時間の問題であり、そうなると今まで築き上げてきた
少年帝國と日本の関係にもなんらかの影響が及ぶのではと政府も棋院も密かに危惧していた。
「つい先月、日本と不可侵条約を締結したばっかりだって言うのに、帝國も大変だな…」
憎き恋敵とはいえ、少年帝王もまだ15歳の子供。
帝王アキラはあの若さで、一体如何程の心労の種を背負い込んでいるのだろう?
感受性豊かな伊角は、低血圧に悩まされながらも健気に総指揮をとっているであろう
アキラの姿を勝手に想像し、すでに貰い泣きモードだ。
「何勝手にほだされてんだよ、伊角さんっ!」
目を見開いて伊角に抗議する和谷を宥めつつ、奈瀬は自分の唇の前に人差し指を作り、
声のトーンを殊更低くして二人に告げた。
「しかもね、聞いた話だと、戦争勃発の原因は進藤なんだって」
「なんで進藤──もしかして北斗杯か!」
「ご名答。和谷もあそこにいたんなら知ってるわよね?」
和谷は無言のまま大きく頷いた。
北斗杯の予選時、日本棋院に現れた、関西弁を話す謎の少年。
気に入らないことがあるとすぐに手に持っている爆弾を投げつけてくるので、
注意するどころか近づく事さえ出来ず、誰もが少年を遠巻きに眺めていたのだ。
驚いたことに、少年は北斗杯出場メンバーの候補だった。
ヒカルと対局し、見事な打ち回しを披露するも、結果は敗北。
カッとなった少年がヒカルの前に火のついた爆弾を置いたが、ヒカルはびくともせず、
手にしていた扇子で導火線の火を消し、
「いい碁だったな」
と、笑顔で少年に爆弾を手渡したのだ。どうやらその行為が、恋の導火線に火を点けたらしい。
「あれで気に入られちゃったのよ、うちのリーダーは」
「ちょっと待てよ、あいつ──社って、ホントに黒夢團関係者か?だって北斗杯にもいたぜ」
和谷の驚きは尤もだ。少々危ないヤツだとは思っていたが、碁の実力は確かだし、
怒らせさえしなければ、社は気さくな、人懐っこい性格の少年だったのだ。
「よくわかんないけど、その社ってコ、偵察も兼ねてこちら側に研修に来てたんですって。
その際、裏関西では一切手をつけなかった囲碁にうっかりハマッちゃったらしくてねー」
「だからって裏の人間が関西棋院に所属したりするか?」
「まずは関西棋院を乗っ取る計画なんじゃないの?ソイツの正体は、黒夢團総帥の
跡取息子──ヤシロボンよ。爆弾持ってた時点で気付きなさいよ」
「ヤシロボン…憎めない名前だ…」
「伊角さんは黙ってろよ!」
ヤシロボン──自ら巻き起こす爆風で、髪の毛は常に逆立った状態。
好戦的な瞳のあの少年が、まさか黒夢團の手の者だったとは!
(3)
「信じらんねー…予選じゃそんな素振り、これっぽっちもみせなかったぜ」
和谷は、一度敗退したヤシロボン──すなわち社が正式に北斗杯の代表として選ばれた
日の一部始終を思い出していた。
仕切り直しという前代未聞のハプニングではあったものの、最終的に代表の座を掴んだのは
社だった。すでに代表に選ばれていたヒカルは別室で対局を見守っていたが、終局を確認すると
社のいる部屋へ赴き、「おめでとう。一緒に頑張ろうな」とニッコリ笑って右手を差し出したのだ。
社は面食らい、しばらく目をぱちぱちさせてヒカルの笑顔と目の前の手を見比べていたが、
やがて『…ほんまはオレの好みとちゃうんやけど』とぼそっと呟くと、
ヒカルの天使のように愛らしい右手を軽く握り返した。しかも手を離すと同時に
社はすぐにそっぽを向いて黙り込んでしまったので、そんな失礼なヤツがヒカルに対して
自分たちと同じヨコシマな感情を芽生えさせていたなどとは到底思えず、
和谷は半信半疑のまま腕を組んでうーうー唸っていた。
「バッカねー!それって結局、好みじゃないけど進藤を好きになっちゃったって
ことでしょう?」
「──!!」
衝撃の事実に倒れ込みそうになる和谷を、奈瀬は容赦なく言葉でざくざくと斬りつけていく。
「鈍いわね、和谷。そんなんだから最近ヘタレてるってみんなに言われるのよ」
「………伊角さん……」
「…泣きそうな目でオレを見るな、和谷。オレだって切ないんだ」
いい感じでヘタレを卒業できそうな伊角は大きくかぶりを振った。
和谷は大事な仲間だが、もし今和谷のヘタレ化現象が止まってしまうと、
ヘタレの神がまたもや自分に舞い戻ってくるかもしれず、ヘタレの神を必ず誰かが
背負わなければならない宿命ならば、このまま永久に和谷の中に封印しておいてもらいたいと
いうのが伊角の本音だった。
「和谷の分までオレが頑張るから」
「なんだよそれ、全然答えになってねーよ!」
「二人とも、悪いけどケンカなら私の話が終わった後にしてもらえる?ええと、つまり北斗杯で
シード扱いだった帝國の王子様が“レッド許婚宣言”をしたでしょう?このあとすぐに戦争勃発だから、
ここ数ヶ月間は帝王も戦に明け暮れて進藤の事はずっとほったらかしだった筈」
「奈瀬、ほったらかしの根拠はなんなんだ…」
「これよ」
奈瀬は手提げ鞄の中から四角い紙を数枚取り出すと、伊角に向かって扇形に広げて見せた。
「なんだ、これ」
「入国許可証及び外泊許可証。帝國に行く時には必ず提出するようになってるもの。進藤は6月以降、
一度も帝國に出向いた記録がないのよねー。むろん、あっちが来た記録もないの。だからね、和谷。
私が思うに、進藤に鞄を買ってやった人物は、少年帝王じゃないんじゃないかって」
いたずらっぽく微笑む奈瀬に新たな疑惑を提供された伊角と和谷は、いるかどうかもわからない
第三の男の影にたちまち表情を固くした。
(4)
さて、渦中のヒカルはというと、壁際に座っている越智と向い合って話し込んでいる
最中だった。
「大体、『○月○日午前十時、「粲々の間」に集合されたし』って紙切れ一枚じゃあ、
どっちの用事で呼ばれたのかすらわからないよね」
手にした眼鏡を拭きながら、そうぼやく越智。どうやら新調したばかりらしく、
フレームのデザインが今までとは微妙に違う。
そんな些細な変化になど越智マニアでもないヒカルが気付くはずもなく、
「オレ、昨日ここで親子丼食ってたら、底の方からメッセージカードが出てきたぜ。
内容はおまえと同じ」
と言い、指で四角くカードの大きさを示してみせた。
「ボクなんて、いつも入るトイレの壁に貼ってあったんだよ?恥ずかしいったらないよ」
「トイレの壁って…越智、おまえまた負けたの?」
「なっ…負けてないよ、ボクは!」
「だってさ、負けないとトイレには篭んないだろ、フツー」
「たまたま目に付いたんだよ。それに、“また”って言うけど、ボクは今連勝中だぞ!」
「そうだったな、わりーわりー。もしかしたら北斗杯の予選後みたいに、また負け癖が
付いたのかと思って心配しちゃったよ」
耳に痛いことをさらりと言ってのけるところがヒカルらしい。そんな無神経さも
ヒカルの魅力の一つだが、どんなに好きな相手とはいえ痛みの矛先が自分に向けられた
場合は、愛情も萌えも三割方減少するものなのだ。
とにかく越智は、ヒカルの言葉に機嫌を損ねているようだった。
「そうむくれるなよ、越智。ちなみにオレは手合いの時、自分の席に着こうとしたら、
座布団の上に貼ってあるのを発見した」
「伊角さん、話に突然割り込んできたのは許すとして、ドサクサまぎれに図々しく進藤の
手を握らないで欲しいんだけど!」
握られた本人は、この程度のセクハラには慣れっこなのか、のほほんとして動じない。
越智は越智でヒカルにムッとしていたはずなのに、そんな怒りも忘れて咄嗟に伊角の
手をぴしゃりと叩いていた。
ヒカルの魔性がそうさせるのか、それともこれがヒカルスキーの底力か。
叩かれた伊角は、ナゼか嬉しそうに右手を摩っている。
「越智…それでこそイゴイエローだ」
「ワケわかんないね。自己完結しないでくれる?伊角さん」
越智は「そんなに強く叩いたおぼえはないけど、打ち所が悪かったのかな」と言いながら、
眼鏡を心もち上に戻す仕草をしてみせた。
「あー、違う違う。伊角さんが喜んでるのは、おまえがまだ進藤に興味を持ってるってのが
わかったからだよ。だって、おまえ最近ヘンだもんな」
「和谷の言うとおりよ。さっきだって進藤萌えバナにも参加しないし、本人と喋ってたって
ギラギラ欲望を漲らせてるわけでもないしさぁ。一体どうしちゃったの、越智。社と対局し
てから、まさかホントに負け癖が付いちゃったなんて言わないわよね?」
伊角の後から湧いて出てきた和谷と奈瀬が口々に勝手な事を言う中、中心人物であるはず
のヒカルは、
「なぁ、奈瀬は今日の集合をどこで知ったんだよ」
と、明後日の方角から質問をしてきた。
「私は院生研修のときに篠田師範から口頭で──と言いたいところだけど、碁笥蓋にくっつ
いてたわ。遊んでるわね、篠田師範」
「…オレの場合、回覧板に挟んであったぜ、公団ニュースの下あたり。今更だけど篠田師範、
一体どうやってそんな離れワザをやってのけるんだ…しかもあの歳で」
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